改訂新版 世界大百科事典 「ヤマノイモ」の意味・わかりやすい解説
ヤマノイモ
yam
Dioscorea
ヤマノイモ科ヤマノイモ属植物の食用とされる地下部の通称,または日本に自生する1種の標準和名。単にヤマイモ,または英名にイモをつけてヤムイモともいわれる。
ヤマノイモ属Dioscorea植物は全世界の熱帯を中心に数百種が知られ,養分を貯蔵する地下茎や担根体あるいは葉腋(ようえき)に,むかごをつける。このため世界各地で数十種が食用として利用され,数種が重要な食用作物に育成されている。野生種の大部分の地下貯蔵器官は,多量のアルカロイド(ディオスコリンdioscorine),サポニン(ディオスキンdioscin)やタンニンを含有していたり,木質化してかたい。そのため食用にするには煮たり焼いたりしてからつき砕き,水さらしをして毒抜きをしなければならない。しかしこれらの含有成分のため,薬用や染色に利用される種も多い。
ヤマノイモ属植物のほとんどは,つる性の多年生草本植物である。葉は互生または対生し,葉柄と葉身がはっきり分化をしていて,葉身はよく発達し,心形,楕円形,ときには3~5小葉に分裂した複葉になる。このような複葉は,ヤマノイモ科の所属する単子葉植物群の中にはあまり例を見ないものである。通常雌雄異株で花は小さく,緑色や黄色であまり目だたなくて,葉腋から生じる穂状あるいはそれの複合した円錐形の花序に多数つく。雌花は子房下位,3室で,各室に少数個の胚珠を入れる。翼を有した風散布型の種子を作り,胚乳を有する。染色体数は基本数10で,十倍体以上の高次倍数性が知られている。食用とされるいもは,担根体と呼ばれているが,これは地下茎でも根でもないと考えられている。すなわち,ヤマノイモの種子の発芽から追跡すると,いもは胚軸の部分が肥大していもに成長していく。多くは向地的に生長するし,葉的器官をつけていない点では根のようであるが,維管束の配列などには茎的な性質もあり,しかも二次肥大成長をするという特性がある。しかし多くの野生種の地下貯蔵器官は明らかに地下茎である。
食用とされる主要な種
(1)ヤマノイモ(ジネンジョ)D.japonica Thunb.(中国名は日本薯蕷(しよよ),野山薬) 人里近い山野林間に自生し,いもは食用に利用される。粘りが強い。全体無毛,栽培のナガイモに似て葉は対生であるが,ナガイモのように茎や葉柄が紫色を帯びず,葉身もやや狭長で,先がよりとがる。長さ5~10cm。夏~秋に葉腋に径1~2cmの卵形から球形のむかごをつける。花は夏,雌雄異株で,雄花は白色,直立した穂状花序に多数つく。小さな花被片6枚と6本のおしべを有する。雌花序は下垂し,退化したおしべを有する。蒴果(さくか)は3翼があり,各室に円形のうすい膜質の翼を有した種子を入れる。地下には多肉の明褐色のいもを生じ,ときには長さ1.5m,重さ3kgになるが,通常はもっと小さい。いもは細い紡錘形で地下深くまで達し,秋,いもが充実した時期に地上茎を目標にしてとるが,途中で折れやすく,全体を掘り取るのは困難なしごとになる。本州以南に広く自生し,また台湾や中国大陸揚子江(長江)以南にも分布する。山野の林間,とくに林縁部に多く,森林のマント群落を構成する種でもある。サトイモ(里芋)に対して山に自生するいもであるから,〈山の芋〉あるいは〈自然生(じねんじよ)〉と呼ばれる。サトイモの渡来以前は,〈いも〉と呼ばれていた可能性がある。
(2)ナガイモD.opposita Thunb.(=D.batatas Decne.)(英名Chinese yam,cinnamon yam。中国名は薯蕷,山薬(さんやく)) 中国原産で日本でも広く栽培されるヤマノイモの1種。つるになった茎には,稜があり,葉柄とともに紫色を帯びることで,ヤマノイモと区別される。葉は対生,または3~4枚が輪生し,葉質がヤマノイモよりやや厚く,濃緑色,葉腋にはむかごを生じる。雌雄異株で,雄花序は立ち,雌花序は垂下する点はヤマノイモと同じ。いもは通常長い円柱形であるが,球形や扁平になったものなど栽培品種には種々な形のものがある。中国大陸中・南部に野生し,朝鮮半島や日本では栽培されている。日本では人里近くに野生化したものがある。他のヤマノイモ類が熱帯域のものであるのに対して,ヤマノイモとナガイモは東アジア温帯域のものである。
(3)ダイジョD.alata L.(英名greater yam,water yam。中国名は参薯(さんしよ),大薯(だいじよ)) 熱帯域でもっとも広く栽培されている大型のヤマノイモ。いもは,ときには30kgをこえる。つる性の茎には4~6稜が発達し,稜にはリボン状の翼を張り出している。色は淡緑色だが,翼に紅紫色の色を帯びることもある。葉は対生し,葉柄には茎の翼が流れこみ,基部ではときに耳状に張り出す。葉身は広卵形で大きく,通常黄緑色の明るい色をしている。雌雄異株だが,花はあまり咲かない。雄花序は分枝した円錐花序に,雌花序は単純な穂状花序になる。いもは通常円柱形であるが,球形,円錐形,扁平になったもの,分岐するものなど,多様な形になる。表面は濃い褐色であるが,断面の肉の色は白,淡黄色から紅色,あるいは濃紫赤色まで品種によって異なる。東南アジアのモンスーン地帯が原産と推定されているが,古くポリネシア人の移住とともに東太平洋地域まで,また10世紀にマレー系の人たちによってマダガスカル島にもたらされ,さらに16世紀には西アフリカや中南米にもポルトガル人やスペイン人によって持ちこまれた。現在では熱帯域で広く栽培されているし,日本でも南西諸島,九州,四国などの温暖地で栽培されている。しかし生育に温暖な気候と長い生育期間(約10ヵ月)を必要とするため,本州ではほとんど栽培されない。分布が広く,イモ栽培農耕では重要な食用作物であるため数百以上の品種が,いもの形,収穫期,利用方法などによって区別される。
(4)トゲイモ(ハリイモ,トゲドコロ)D.esculeta(Lour.)Burkill(英名lesser yam,Chinese yam,potato yam。中国名は甘薯(かんしよ)) 茎にとげがあり,小さいが甘みのあるいもをつけるヤマノイモ。つる性の茎は細く,しばしば有毛で,とげがある。葉は互生し,長い葉柄を有し,葉身は円心形で,紙質,黄緑色,長さ約10cmになる。栽培品種は,あまり花をつけない。株から細く有刺のストロンを数本から20本も開出して,その先に比較的小さないも(楕円形で長さ10~20cm,径3~5cm)をそれぞれ1個ずつつける。いもの表面は平滑で淡色,肉質は甘みを帯び,通常白色で,調理すると軟質になり,ときには乳児の離乳食に用いられる。インドシナ原産で,中国では2世紀ごろには栽培されていた。現在は日本の南西諸島で栽培されているし,東南アジア,太平洋諸島,西インド,アフリカなどでも栽培されているが,アフリカや西インドには比較的最近に導入されたらしい。またダイジョほどには重要な作物にはなっていないし,品種数も少ない。
(5)キイロギニアヤムD.cayenensis Lam.(英名yellow yam,yellow guinea yam) 次のシロギニアヤムとともに西アフリカのいも栽培農耕で重要なヤマノイモ。いもにカロチノイドを含有するため黄色を呈することで,シロギニアヤムと区別されるし,より長い生育期間を必要とする。シロギニアヤムD.rotundata Poir(英名white yam,white guinea yam)のいもは白質である。両種とも無毛で,つる性の茎は角ばらず断面は円形。葉は広卵形から広心形で対生する。シロギニアヤムのほうが先がよりとがる傾向がある。いもは通常円柱形で,ダイジョと同様大型になり,ときに20kgに達する。西アフリカのヤム地帯で栽培化され,多くの品種が分化している。また西インドにも導入されているが,東南アジアから太平洋地域では栽培されていない。
(6)カシュウイモD.bulbifera L.(英名はaerial yam。中国名は黄独) 英語名のように卵球形の大きなむかごを葉腋につけ,ときには直径10cmに達する。いもは球形で苦いが,栽培品種の中には苦みのないものもある。広く熱帯に野生状態で分布するが,人間が持ち込んだものであろう。
(7)カシュウイモと同様に,現在は栽培が放棄されているか重要でないものに,葉が3小葉に切れ込むミツバドコロD.trifida L.(英名cush-cush yam)(南米北部原産),5小葉に切れこむアケビドコロD.pentaphylla L.(熱帯アジア原産)などがあり,またヤマノイモ属の野生種で食用に供されているものは60種をこえる。
日本の野生種
トコロ(オニドコロ)D.tokoro Makino(中国名は山萆薢)は横走し,ひげ根を有する地下茎を有し,葉は互生,三角状心形で質は薄く,葉縁は波うつ。雌雄異株で花期は夏。地下茎を長寿を祝う正月の飾りにしたり,苦みがあるが食用にすることもある。日本,中国大陸中南部に分布し,山野の林縁に多い。ヒメドコロ(エドドコロ)D.tenuipes Fr.et Sav.はトコロと同様に根茎は横走し,葉は互生するが,よりとがり,狭長である。本州中部以西,中国大陸に分布。根茎は食用とされる。タチドコロD.gracillima Miq.は根茎が横走し,その先端部からややしっかりと立つ茎を生じるが,先はつる性となる。山地林床に生え,日本と中国大陸に分布する。ウチワドコロD.nipponica Makino,カエデドコロD.quinqueloba Thunb.,またキクバドコロD.septemloba Thunb.はいずれも互生する葉がカエデ状に3,5,9回浅裂~中裂し,根茎は横走する。ウチワドコロは本州中部以北,他の2種は中部以西の温暖地に分布する。カエデドコロの葉は乾くと黒変する。いずれも根茎を食用に供しうる。
ヤマノイモ属植物の利用
栽培ヤマノイモ類は乾物重量の70~80%がデンプンで,いも農耕地帯では重要な主食とされるし,狩猟採集民にとっても大切なデンプン源植物であった。
漢方薬では黄薬子(おうやくし)(原植物カシュウイモ),薯良(しよりよう)(ソメモノイモD.cirrhosa Lour.),山薬(ナガイモ)など多くのヤマノイモ類が利用されているし,またステロイド系ホルモンのプロゲステロンやコーチゾンなどの生産の原料として中米産のD.mexicanaやその他の種から抽出されるサポゲニンが利用されている。またサポニンを多量に含む根茎をつき砕き,洗濯や,シラミなどの駆虫に利用することもあった。さらに,沖縄にも自生するソメモノイモは地下に木質で暗赤色の大きな地下茎を作り,衣料の染料に利用される。
執筆者:堀田 満
調理
すりおろしてとろろにつくり,清汁(すましじる)やみそ汁でのばしてとろろ汁,そのまま小鉢に盛って卵黄を落とす月見,マグロのぶつ切りにかける山かけ,白身の魚の上にかけて蒸す〈薯蕷(いも)蒸し〉などにする。ナガイモは粘りが少ないので,とろろには適さず,刻んでノリをかけ,ワサビじょうゆで食べるのがよい。菓子ではかるかん(軽羹)の主材料とされ,また,薯蕷まんじゅう(上用まんじゅうとも)やそばまんじゅうの皮に使われる。昔の宴席料理にはナガイモの白煮がよく供されたが,この平わんのナガイモは見かけはよいが,いっこうにうまくないというところから,のっぺりした顔つきを〈お平(ひら)の長いも〉と呼んだものである。なお,ヤマノイモ類はとろろにすると特有の粘りがあるため,江戸時代には強精効果があると信じられ,井原西鶴の浮世草子その他にその食用が多く描かれている。
執筆者:鈴木 晋一
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報