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ラングリー Langley, Samuel Pierpont

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ラングリー
Langley, Samuel Pierpont

[生]1834.8.22. マサチューセッツ,ロックスベリー
[没]1906.2.27. サウスカロライナ,エーケン
アメリカ合衆国の天文学者,物理学者,航空学の先駆者。太陽放射の研究と,飛行機の開発で知られる。土木と建築に従事したのち,ハーバード大学天文台助手を経て,アナポリス海軍兵学校で数学を教え,1867年アレゲニー天文台長およびピッツバーグ大学物理学・天文学教授となった。ラングリーの関心は太陽活動とその気象への影響にあり,1878年放射熱を測定するボロメータを考案,太陽スペクトルの研究を行なった。アレゲニー天文台では,大気中を移動する物体に働く揚力抗力に関する実験を行ない,鳥がはばたかずに飛べる理由を初めて解明した。1896年世界初となる空気より重い航空機(重航空機)を製作。翼幅 4.3m,重量 11.8kg,動力には蒸気機関を用いたが,人が乗ることはできなかった。次いで有人飛行を目指し,ガソリンエンジンを搭載した飛行機を製作,1903年10月,同年 12月の 2度にわたりポトマック川に係留した船から発射したが飛行に失敗した。12月の実験が行なわれたのは,ライト兄弟が人類初の動力飛行に成功する数日前のことだった。

出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ラングリー
らんぐりー
Samuel Pierpont Langley
(1834―1906)

アメリカの天文学者、技術者。ラングレーともいう。マサチューセッツ州ボストンの生まれ。高校卒業後建築技師として働くうち天文学に興味をもつ。1865年ハーバード大学天文台助手に採用され、翌年海軍兵学校の数学准教授となり、付属天文台の再開に尽力し、1867年ペンシルベニアウェスタン大学の天文学・物理学教授兼アレゲニ天文台長に抜擢(ばってき)され、20年間にわたりその任にあった。1887年スミソニアン・インスティチューション書記に任命され、1890年に天体物理観測所を設立した。天体物理学者としての業績は、1879年に放射エネルギーの測定に用いる一種の温度計であるボロメーター(放射計)を考案し、これを用いて太陽面の光度、太陽放射の地球大気による影響、また地球大気に及ぼす効果、赤外線域の強度などを精密測定した。1887年より本来の技術の才能を生かし、空気力学の研究による飛行機の設計に傾倒し、軍の依頼も受けて多大の費用を注いだが、不成功に終わった。[島村福太郎]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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