太陽スペクトル(読み)たいようスペクトル(英語表記)solar spectrum

改訂新版 世界大百科事典 「太陽スペクトル」の意味・わかりやすい解説

太陽スペクトル (たいようスペクトル)
solar spectrum

太陽の発する光を分光器にかけて7色に分けたとき得られる光の分布をいう。広義には,太陽は光のみでなくX線から電波に至る電磁波を放射しているので,それらを波長に分けた分布をいう。可視光線で太陽のスペクトルをくわしく調べたのはニュートンで1666年のことであった。太陽の可視域のスペクトルは図1に示すように温度約6000Kの黒体放射に近い。強度がもっとも強いのは青から緑色の0.44~0.5μmの波長間であるが,強度が1/2になる波長は0.35μmと0.84μm,また強度が1/10になる波長は0.27μmと1.7μmである。黒体放射からのわずかなずれをくわしく見ると,0.4~0.5μmや1.6μm付近は太陽光強度が大きくなっている。これは水素原子に電子が付着した負の水素イオンの吸収が小さいために,太陽のより内側の高温度の層からの光を見ていることに起因する。いわば,この波長では澄んだ池の底まで見えることに相当し,他のどの波長よりも深い層が見える。一方,0.8μm付近は黒体放射と太陽光がほぼ等しいが,この波長域では負の水素イオンの吸収が多く,温度の低い層までしか見通せないことを示している。とはいうものの1.6μmで見える層との差はたかだか150kmにすぎず,太陽半径69.6万kmに比べて微々たるものである。図1には太陽全面からの放射強度を示しているが,太陽面の各場所に分けて測定すると可視光では周縁部は中央部に比べて暗い。これを周辺減光という。周辺減光は最外層ほど温度が低いことを示す。

 さらに細かい波長に分けて太陽光を調べて見ると,太陽スペクトルには連続した光(連続スペクトル)の間に多数の暗線が認められる。これを吸収線,または発見者の名をとってフラウンホーファー線という。これらの吸収線は図2に示すように各種の原子やイオンに特有の波長を示している。太陽の奥深い高温の層からきた連続光を,浅い層の低温のガスがその波長の光だけを吸収したために吸収線ができるのである。太陽大気に含まれる原子の数が多ければ吸収線はより暗く,また線の幅も太くなる。このことを用いて大気に含まれる元素の相対的な比量を求めることができる。水素が数の比で90%,残りの10%ほどはヘリウム,他の元素は全部合わせても0.12%くらいにしかならない。図2で,水素の吸収線よりカルシウムのイオンの吸収線が太く暗く見えるのは,後者の線の吸収能がたまたま強いためにほかならない。吸収線の幅や,波長の実験室での値からのずれを用いて,太陽が自転していること(ドップラー効果),黒点のような磁場の強い場所があること(ゼーマン効果),大気が斑点状に上下運動していること(ドップラー効果)などを導くことが行われている。

 また吸収線の形から大気の温度分布も知ることができる。逆に温度や圧力の深さ分布が連続スペクトルの解析からわかっているので,吸収線の形を導くことができる。しかし,大気の最外層は密度が低いために電子の衝突などの頻度が少なく,熱平衡が保たれていないので,原子の励起などの素過程に立ち入って調べて吸収線の形を導く必要がある。太陽の縁や縁の外のスペクトルは,日食の際や,コロナグラフで得ることができる。ここでは背景に強力な連続光がないので,図2で示したような吸収線はすべて輝線として現れる。これを輝線スペクトルといって彩層紅炎コロナの研究に用いられている。

 紫外線やX線では地球大気オゾン(O3),酸素(O,O2),窒素(N2)の吸収があるので,ロケット人工衛星によって太陽のスペクトルが調べられている。0.3μmから0.16μmへと移ると,6000Kの黒体放射より弱い光しかきていないことがわかる。0.16μmでの放射強度を同じ強度を示す黒体放射の温度に換算すると約4300Kを示す。このような温度を輝度温度という。これは,とくにケイ素による吸収が大きいので,最外層の低温域からの光だけを見るために低い輝度温度が得られるのである。さらに短波長では輝度温度が上がり,連続光の上に輝線が重なって見えてくる。それは,肉眼で見える太陽大気(光球)の上に外層ほど温度の高い彩層(約6000~104K)があって,0.16μm以下ではやや高温の彩層からくる光を見るためである。また0.0912μm以下では水素のライマン連続光が顕著になる。0.06μm(600Å)より短い波長では,ほとんどが輝線となり,彩層より格段と温度の高い100万Kのコロナの輝線が目だつ(図3)。ここでは鉄原子をめぐる電子が14個はぎとられたいわゆる高階電離のイオン(Fe XV)の出す線などが多い。さらに短波長のX線でもこの傾向は続くが,可視光と異なり,太陽黒点付近の領域のみから発せられる超高温の温度を示す輝線が多くなり,時間的にもその強さは大きく変動する。とくに,フレア(太陽面爆発)が起こると,鉄原子のもっている26個の電子のうち25個の電子がはぎとられた状態で出る1.9Åの輝線が現れ,2000万K以上の温度になっていることを示す。100万Kのコロナや2000万Kのフレアは希薄なガスであるため黒体放射をしていない。しかし,0.1μm以下の波長では図1には見えていないが放射強度は6000Kの黒体放射の強度より強い。

 一方,赤外線では,地球大気の水蒸気による吸収があるので,やはり気球やロケットなどで調べねばならない。長波長になるにつれ,輝度温度は6000Kより下がって100~200μmで4000~4500Kを示す。紫外域の0.16μmと同様,ここでは太陽大気の温度最低層を見ていることになる。さらに波長の長い電波の領域のミリ波からメートル波においては,再び輝度温度は高い値を示して彩層,さらに100万Kのコロナを見ることになる。すなわち,電波では目で見える太陽は厚いベールにつつまれてまったく見えず,外のコロナだけが見えるのである。X線と異なる点は,電波では輝線がほとんどなく連続スペクトルを示し黒体放射に近いことである。しかし,純粋の黒体放射とは少し異なり黒点や白斑にある磁場の影響を受けている。太陽全体ではこのようにすべての電磁波についてスペクトルが調べつくされているが,黒点とかフレアのように場所的,時間的に変化する現象についてはまだ十分観測もなされておらず,理論的にも解明されていない事柄が多い。
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化学辞典 第2版 「太陽スペクトル」の解説

太陽スペクトル
タイヨウスペクトル
solar spectrum

太陽光線のスペクトルは赤外から紫外に及ぶ連続スペクトルを示す.しかし,このなかのところどころに線吸収スペクトルとして光の欠けたところがある.これをフラウンホーファー線という.連続スペクトルの強度最大の波長 λm からウィーンの変位則によって計算すると,太陽表面の温度は5800 K となる.太陽表面も完全な黒体ではないから,実際の温度はこれよりやや高いと考えられる.一方,太陽の半径,それと地球の間の距離,地上における太陽定数からシュテファン-ボルツマンの法則にもとづき算出した太陽表面の温度は5700 K となり,よい一致を示している.キルヒホッフの放射法則から考えるとフラウンホーファー線の存在は,太陽光線を放射した諸元素が表面部よりはやや温度の低いガス状のものとなって太陽表面の周辺をとりまいており,表面から放射されてくる光を吸収してしまっていることを示す.したがって,これらから太陽にはHがもっとも多く,He,N,Neがこれにつぎ,Fe,Mg,Na,K,Caなどの金属元素も含まれていることがわかる.大気上層に存在するオゾンによる吸収のため,地表面に到達する太陽光線の短波長限界は約300 nm である.[別用語参照]オゾン層

出典 森北出版「化学辞典(第2版)」化学辞典 第2版について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「太陽スペクトル」の意味・わかりやすい解説

太陽スペクトル
たいようスペクトル
solar spectrum

太陽の光を,分光器を通して見たときにできる色の帯。スリットとプリズムを通して得る太陽のスペクトルは,赤からすみれ色にいたる連続スペクトルで,これは光球表面からの熱放射である。これを背景に,フラウンホーファー線と呼ばれる無数の細い暗線が走っているが,これは太陽および地球の大気の吸収によるもので,地球大気による吸収線のほうは太陽スペクトルには属さない。太陽大気による吸収のうちでは,電離カルシウムによるH線およびK線が最も強く,その他水素,マグネシウム,ナトリウムなどの吸収が目立つ。総数は2万本以上に達し,その分析によって,太陽大気成分が分析できる。

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