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ラ・アルプ ラ・アルプ La Harpe, Frédéric-César de

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ラ・アルプ
ラ・アルプ
La Harpe, Frédéric-César de

[生]1754.4.6. ボー,ロール
[没]1838.3.30. ロザーヌ
スイス,ボー州の政治家。ベルンの支配に抗して亡命,1784年ロシアでのちの皇帝アレクサンドル1世らの家庭教師となった。フランス革命が始るとボー州のベルンからの解放を計画,97年軍事介入フランス総裁政府に要請,これを口実にフランス軍が侵入,スイスを支配した。

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ラ・アルプ
ラ・アルプ
La Harpe, Jean François de

[生]1739.11.20. パリ
[没]1803.2.11. パリ
フランスの劇作家,批評家。古典劇の手法を忠実に守った悲劇『ワルウィク』 Warwick (1763) で好評を博した。また『メルキュール・ド・フランス』紙の文芸批評欄を担当,1786年パリのサントノレ街に「リセ」と称する文学講座を開講,社交界からもてはやされた。

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出典|ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ラ・アルプ
らあるぷ
Frdric Csar de La Harpe
(1754―1838)

スイスの政治家。ロシアのエカチェリーナ2世に孫のアレクサンドル(1世)の教育をゆだねられた。フランス革命に共鳴し、ベルンに支配されていた故郷ボーを独立州にさせるために、故国スイスへの干渉をフランスの五執政内閣に求めた。フランスがスイスへ侵入してから故郷に戻り、ヘルベティア共和国を樹立させ、閣僚となった(1798~1800)。閣僚を追われたのち、政敵の策謀によりナポレオン1世に対する謀反の罪を着せられ、フランスに逃亡した。1814年まで隠棲(いんせい)していたが、ウィーン会議ではボーの自立とスイスの利益を擁護するために活躍した。1830年には七月革命の影響下に自由党を率いてボー州の民主化を図った。[森田安一]

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