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ラ・ペルーズ La Pérouse, Jean-François de Galaup, Comte de

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ラ・ペルーズ
La Pérouse, Jean-François de Galaup, Comte de

[生]1741.8.22. アルビ近郊ルグオ
[没]1788頃
フランスの航海者。国王ルイ 16世の命令で 1785年探検旅行に出発,ブレストからパーク島 (チリの西) ,ハワイ諸島を経て翌年 11月ネッケル島に到達。次いでマカオ,フィリピン,日本を経由して北海道とサハリン間の海峡を踏査。その後,中部太平洋のトンガ諸島に南下し,ニューヘブリディーズ諸島の北で消息を絶った。バニコロ島で先住民に殺害されたと推測される。

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百科事典マイペディアの解説

ラ・ペルーズ

フランスの海洋探検家。1785年太平洋側からの北西航路の発見と太平洋調査を命じられて出発,アラスカ,ハワイ,マカオ,フィリピン,日本,沿海州をめぐって宗谷海峡(ラ・ペルーズ海峡)を通り,カムチャツカに達した。
→関連項目レセップス

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ラ・ペルーズ
らぺるーず
Jean-Franois de Galaup, Comte de La Prouse
(1741―1788?)

フランスの海軍軍人、海洋探検家。宗谷(そうや)海峡(ラ・ペルーズ海峡)の発見者。ルイ16世の命でフランス政府派遣の探検隊長となり、太平洋諸海域の探検を行った。目的は地理的探検と、太平洋からのいわゆる「北西航路」の発見であった。1785年8月、フリゲート艦ラ・ブソル号とラ・アストロラーブ号を率いてブレストを出港した。北はアラスカ、カムチャツカ半島沿岸、東はカリフォルニア沿岸、西は日本海、沿海州沿岸を含む日本近海、フィリピン諸島、マカオ(澳門)、サンドイッチ諸島(ハワイ諸島)に及ぶ太平洋の広大な海域を探検した。とくに注目されるのは1787年、北海道と樺太(からふと)(サハリン)を分けるラ・ペルーズ海峡の発見である。1788年1月、オーストラリア、シドニー南縁のボタニー湾からの連絡を最後に消息を断った。両艦は1828年になって、サンタ・クルーズ諸島のバニコロ礁で難破しているのが発見された。あらかじめ本国に送られていた資料、ノートによって『世界周航記』(1797)が編纂(へんさん)されている。[半澤正男]

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