ラームチャリットマーナス(その他表記)Rām-carit-mānas

改訂新版 世界大百科事典 の解説

ラーム・チャリット・マーナス
Rām-carit-mānas

ビシュヌ派ラーマ信仰の詩人トゥルシーダースの著した大叙事詩。題名を直訳すると〈ラーマ王(子)行いの湖〉の意。北インドに分布するヒンディー語のアワディーAvadhī方言を基とする一大叙事詩で,全7編約1万頌,数頌の4行詩と1頌の対句組合せを基本的な形式とする。1574年にアヨーディヤーで着手され,数年後にカーシー(現,ワーラーナシー)で完成されたといわれる。

 この叙事詩の形成には,先行の思想と諸文献が寄与しているが,物語の構成と展開についてはサンスクリット叙事詩《ラーマーヤナ》に,また思想的な支えをベーダーンタ哲学立場をとる《アディアートマ・ラーマーヤナAdhyātma Rāmāyaṇa》に依拠するところが多い。後者は13,14世紀のサンスクリットによる文献で,前者のラーマが豪快な英雄であったのに対し,後者ではビシュヌ神の化身として神格化されている。その結果,《ラーム・チャリット・マーナス》の重要登場人物はラーマ王子をはじめとしてすべて神性をおび,かつ各自の立場における行動様式規範の象徴とされているラーマが父母への恭順,民への慈愛の象徴として描かれ,妃シーターが貞節のかがみとされている。この叙事詩は今日でも広く愛好され,毎年秋のラーム・リーラーRām Līlā祭のおりには北インド各地の町会などでこれを劇化して野外連夜上演する。また家庭の慶事の際にこれの全編を誦読することもある。
ラーマーヤナ
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

ラーム・チャリット・マーナス
らーむちゃりっとまーなす
Ram charit mānas

「ラーマの行動の湖」と訳される。インドのブラジバーカーおよびアワディー語詩人トゥルシーダース作の叙事詩で、1574~76年ごろの作。ラーマ信仰者の聖典として現在も広く愛唱され、一般に「トゥルシー・ラーマーヤン」と称される。中世バクティ(熱烈信仰)運動のとき、サンスクリットの『ラーマーヤナ』を地方語に翻訳翻案してラーマの叙事詩を通じてラーマ信仰を説いた作品が多く現れたが、それらのなかの最高傑作。ラーマ王伝説の故地の大衆の言語アワディー語を用い、四行詩を中心に、二行詩その他を挿入して構成されている。「行動の湖」の水はあくまでも清く、そこには愛欲の影もみられない、と作者のいうとおり「人生の規範を守る最高の人」ラーマ(maryādāpuruottam)の行動を通じて君臣、親子、夫婦、兄弟、隣人らの道を説き、ラーマに対する謙虚な信仰を吐露する。

 ヒンディー語地域では必読の書として神棚に備えて日夜朗読し、または暗唱している者も少なくない。

[土井久弥]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 の解説

ラームチャリットマーナス
Rāmcaritmānas

インドのトゥルシーダースによる宗教的大詩篇。「ラーマの行跡の湖」の意。東部ヒンディー語による『ラーマーヤナ』の再創作で,ヒンドゥー教の精神で書かれ,1574年アヨーディヤー (現在のアワド) で筆をとり,84年頃ベナレスで完成された。ヒンドゥー教における最も偉大な書として,最近3世紀間にこれほど大きな影響をヒンドゥー教徒に与えたものはないといわれる。だいたいは古い『ラーマーヤナ』に基づいているが,その他の多くの中世のラーマ信仰の書の影響を受け,5神の礼拝,シバ神に対する尊崇,不二一元説の見解,ヒンドゥー教的神話も説かれ,彼のラーマに対する熱烈な信仰により,神の信者に対する愛,彼らを救うための権化,その恩寵などがきわめて荘重に力強く歌われている。

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