リース(Jacob August Riis)(読み)りーす(英語表記)Jacob August Riis

日本大百科全書(ニッポニカ) の解説

リース(Jacob August Riis)
りーす
Jacob August Riis
(1849―1914)

アメリカのジャーナリスト、社会改良家、写真家。デンマークユトランド半島の西端の町リーベに生まれる。15歳から大工の仕事に従事、1870年にアメリカに移住。大工、坑夫、日雇い労働者などさまざまな職業を経て1873年からニューヨークで新聞記者となる。1877年『ニューヨーク・トリビューン』New York Tribune紙の警察担当記者となり、当時のニューヨークの代表的なスラム、マルベリー街などを含むロワー・イースト・サイド地区を担当する。1888年『ニューヨーク・イブニング・サン』New York Evening Sun紙に移籍自ら移民として体験し、記者としての担当地区でもあったスラム街に生きる最下層民の生活実態を写真を用いて取材し、1890年に『他の半分はどう生きているか』How the Other Half Lives刊行。17点の網版写真など43点の図版を掲載した304ページにわたる詳細な報告により、搾取や犯罪、貧困低劣な住環境にあえぐスラム街の悲惨な実態の改善を訴え、広い反響を呼んだ。以後もジャーナリストとして貧困などの社会的問題を告発する記事や著作を発表するとともに、ランタンスライド幻灯)を用いた講演や、住宅改善などの活動にも従事、社会改良家としての名声を得る。ニューヨーク市の公職から大統領へと登りつめた政治家セオドア・ルーズベルトとは『他の半分はどう生きているか』を通じて知り合い、一連の社会問題への取り組みを通じて親交を深めた。同大統領任期中にその伝記『市民セオドア・ルーズベルト』Theodore Roosevelt, The Citizen(1904)を著している。1914年マサチューセッツ州で死去。

 スラム街の悲惨な状況を社会的な問題ととらえ、その改善を訴えるリースのジャーナリストとしての活動は、キリスト教の精神に基づいて社会問題の解決に取り組むアメリカの社会改良主義の運動を背景としていた。またリースが取り組んだ一連のスラム改善キャンペーン記事は、20世紀初頭にさまざまな暴露記事によってセンセーショナルな報道を行って「暴露作家」Muckrakerと呼ばれた記者・小説家たちの先駆とも位置づけられている。

 『他の半分はどう生きているか』は網版による写真印刷と、室内や夜間の撮影を可能とするマグネシウムを用いたフラッシュという、どちらも実用化されたばかりの技術によって実現したものであり、とくにフラッシュを使用した写真は、まさに事態の状況を現場で生々しくとらえていた点で画期的であった。こうした新技術を積極的に活用したリースではあったが、彼自身は自らをあくまで写真家ではなくジャーナリスト/社会改良家と考えていた。また一連のスラム街での撮影もリース自身だけによるものではなく、何人かの協力を得て行われたものであった。しかしリースの死後忘れ去られていたネガやランタン・スライドが、1940年代に写真家アレグザンダー・アランドAlexander Alland(1902―1989)によって再発見されると、それらは写真を知られざる現実の報告として社会問題の告発に用いる、1930年代に隆盛したアメリカのソーシャル・ドキュメンタリー写真の先駆として位置づけられ、リースの写真家としての歴史的評価が写真史上に定着していくことになった。

[増田 玲]

『Theodore Roosevelt, The Citizen (1904, Outlook, New York)』『How the Other Half Lives; Studies among the Tenements of New York (1971, Dover, New York)』『Alexander AllandJacob A. Riis; Photographer and Citizen (1974, Aperture, New York)』『大島洋編『写真家の時代2――記録される都市と時代』(1994・洋泉社)』

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