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幻灯 ゲントウ

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デジタル大辞泉の解説

げん‐とう【幻灯】

フィルムに写した像などを1枚ずつ強い光で照らし、前方に置いた凸レンズで拡大し、映写幕へ映して見せるもの。ドイツ人キルヒャの発明。映画以前の時代に流行。学校教材・宣伝などにも用いられる。スライド

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朝日新聞掲載「キーワード」の解説

幻灯

写真フィルムに光を当て、画像を拡大してスクリーン映し出す。専用の装置は幻灯喫スライド映写桔と呼ばれ、かつて子ども会などでさかんに上映された。

(2013-01-07 朝日新聞 朝刊 2社会)

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百科事典マイペディアの解説

幻灯【げんとう】

magic lantern。絵画,写真,図表等をスクリーンに拡大投影する光学装置。文献上では1646年キルヒャーの《光と影の大いなる術》に紹介されたのが初出であるが,現在のものとは仕組みが異なる。
→関連項目写絵引伸し

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世界大百科事典 第2版の解説

げんとう【幻灯 magic lantern】

光学を応用して映像を大写しにする幻灯は,17世紀に南ヨーロッパで発明されたらしく,文献上ではキルヒャーの《光と影の大いなる術》(1646)に紹介された著者考案になる〈ラテルナ・マギカ(魔法灯)〉が最初である。しかし現在の幻灯と違い,当時のそれは光源とレンズの外に種板を置き,正立像を写しだすものであった。この装置はキリスト教伝道のためのアトラクションないし民衆を驚愕させる見世物に利用された。映像を大写しにする技術自体は,16世紀半ばにG.B.dellaポルタカメラ・オブスキュラにレンズを取り付けて作った〈魔法劇場〉等に先例を見るが,光源を内部にもつ箱の小孔から外へ映像を写しだす幻灯の形式とは逆に,外光を暗箱の内に引き込む仕組みであった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

幻灯
げんとう

ガラス板に描いた風景画や写真などに強い光を当て、レンズを利用して映写幕に拡大して映して見せる仕掛け。映写する機械が幻灯機。ドイツのキルヒャーAthanasius Kircher(1602―80)が発明した。暗い室内で幻のように映像を浮かび上がらせる灯(あかり)という意味からマジック・ランタンmagic lanternとよばれ、日本では明治初年その訳語として幻灯の名が生まれた。現在のスライドの元祖である。ヨーロッパでは17世紀の中ごろからキリスト教伝道師が布教の道具として使っており、日本でも江戸時代の享和(きょうわ)年間(1801~04)オランダのエキマン鏡からヒントを得て考案されたものがあり「写し絵」とよばれた。また19世紀の中ごろガラス写しの写真術が発明され、明治時代にこの写真による幻灯板が日本に渡来した。1853年(嘉永6)来航中のロシア軍艦の中で見せられたのが最初といわれる。73年(明治6)には手島(てじま)精一がアメリカから初めて幻灯を持ち帰った。89~90年ごろから全国的な流行を示し、活動写真(映画)ができる以前は映画同様の人気を得た。94~95年の日清(にっしん)戦争ごろ、この種の幻灯機は新しい玩具(がんぐ)として子供たちに迎えられて国産品が普及した。当時の幻灯機は透写式のもので、石油ランプを使用した。教義宣布の宗教家や学術関係の講演者などにも利用されたが、学校などでも教育資料としてこれを応用、教室で「学校幻灯会」を開催したりした。映写の題材には修身、地理、歴史、動植物の生態などを扱ったものが多くみられ、一般には家庭教育向きの12枚1組の連続物なども発売された。また実物応用の実写幻灯機、光源に白熱ガスを使う全国巡回用の大型幻灯機も出現した。
 明治末期からは新たに登場してきた活動写真の進出によって地位を譲り後退した。その後1935年(昭和10)ごろからふたたび教育用の映写物として復活した。幻灯板もフィルムを使用し、幻灯機も電灯を用いて構造が改造された。第二次世界大戦後もスライド式のものが活用されている。[斎藤良輔]

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世界大百科事典内の幻灯の言及

【映画】より


[映写機と映画カメラの先駆]
 1646年,スイス生れのイエズス会の神父であり数学者であり神秘主義者であり発明狂であったアタナシウス・キルヒャーが,映画を上映する映写機の先駆である幻灯機を発明。著書《光と影の大いなる術》の中でその原理を説明しみずから制作している(日本語の〈幻灯〉は英語のmagic lanternの訳で,明治初期に文部省の手島精一の命名になるものである)。幻灯に似たものは古代エジプト,古代ローマにもあったともいわれるが,静止状態で拡大投影する光学装置としての幻灯機が発明されたのは46年とされる。…

【アニメーション映画】より


【歴史】

[映画に先立つ映画]
 〈動画〉への衝動は,1万年以上前のアルタミラの洞窟壁画にすでに見られ,また絵を投影することによって動きのイリュージョンを味わいたいという欲求はインドやジャワの〈影絵〉にあった。1644年,ドイツのイエズス会の神父A.キルヒャーが〈幻灯機〉を発明,セットされた2枚のガラス絵を左右に手早くスライドさせ,大食いの人物がブタに変わるといった〈動き〉のある映像が写し出された。日本では,江戸時代にオランダ人がもたらした幻灯機を使った〈おらんだエキマン鏡〉なる見世物に触発された小石川の染物上絵職人亀屋熊吉が,友人の医者高橋玄洋の助けで,その仕掛けの原理を利用した自前の器械を完成,池田都楽と名のって,1803年(享和3)に江戸で〈写絵〉と称する種板式幻灯を寄席で上演した。…

【映画】より

…なお,セルロイドということばも,英語やフランス語では映画の代名詞として使われており,celluroid screenといえば〈銀幕silver screen〉の意になる。
[写絵から活動写真へ]
 日本語の〈映画〉は,そもそも,幻灯の絵をかいた板,つまりスライドおよびそれを映写すること,映し出された絵そのものも意味していた。1886年の新聞記事の中にウツシエとルビをふった〈映画〉のことばが見いだされる。…

【影絵】より

…日本では江戸時代初期から始まり,手影絵,切抜き影絵などの遊びに用いられたほか,回り灯籠にもつかわれている。幻灯初期の写絵もまた影絵と呼ばれた。手影絵は両手と指の組合せで船頭,土瓶,犬,狐,牛などさまざまな形を映しだす。…

【紙芝居】より

…現在は連続する絵を順番に見せて,それに説明をつける小演芸あるいは視聴覚教育材をいう。江戸時代後期にオランダから幻灯が渡来するが,その映写機とスライドを使って映像が動いて見えるようにくふうした写絵,大阪では錦影絵が紙芝居の原型である。やがて寄席芸になったが,明治中期に写絵を寄席や隅田川の納涼船でやっていた両川亭船遊という芸人は,収入が少なくて人手や費用がかかりすぎる写絵をやめて,結城孫三郎という芸名でやっていた糸操りの人形芝居を専門とするようになった。…

※「幻灯」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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