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ルムンバ ルムンバ Lumumba, Patrice

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ルムンバ
ルムンバ
Lumumba, Patrice

[生]1925.7.2. オナリア
[没]1961.1. カタンガ
コンゴ民主共和国の政治家,民族運動指導者。フルネーム Patrice Hemery Lumumba。ミッション・スクール中等教育を受けたのち郵便局などで働きながら政治運動に参加。1958年10月にコンゴ国民運動 MNCを結成。

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デジタル大辞泉の解説

ルムンバ(Patrice Emery Lumunba)

[1925~1961]コンゴ民主共和国の政治家。民族主義運動の指導者となり、1960年ベルギーからの独立後初代首相となったが、その後の動乱のなかで殺害された。

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百科事典マイペディアの解説

ルムンバ

コンゴ(現コンゴ民主共和国)の政治家。民族運動を指導し,1960年ベルギーから独立すると同時に初代首相。間もなく,コンゴ動乱が勃発(ぼっぱつ),反帝・反植民地主義と国家統一を主張していたが,カサブブによるクーデタで捕らわれて殺された。
→関連項目キサンガニ

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世界大百科事典 第2版の解説

ルムンバ【Patrice Lumumba】

1925‐61
アフリカのコンゴ(現,コンゴ民主共和国)の政治家。カサイ州の出身で,ミッション・スクールで教育を受けたのち,スタンリービル(現,キサンガニ)で郵便局員となり,労働運動指導者を経て民族主義運動の有力な指導者となった。57年に主都レオポルドビル(現,キンシャサ)に移り,58年にはコンゴ民族運動(MNC)の創設に重要な役割を果たすとともに,現ガーナアクラ開かれた第1回全アフリカ人民会議に出席し,エンクルマらの政治姿勢に強く刺激されていっそう先鋭化した。

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大辞林 第三版の解説

ルムンバ【Patrice Lumumba】

1925~1961) コンゴ民主共和国の政治家。民族独立運動を指導し1960年ベルギーからの独立とともに初代首相に就任。その直後の動乱の際に虐殺された。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ルムンバ
るむんば
Patrice Lumumba
(1925―1961)

ベルギー領コンゴ(現、コンゴ民主共和国)出身の政治家。7月2日カサイ州に生まれる。ミッションスクールで教育を受けたのち、スタンリービル(現、キサンガニ)で郵便局員となり、労働運動を通じて頭角を現した。その後政界に転じて民族主義運動の有力な指導者となり、1958年にはコンゴ国民運動(MNC:Mouvement National Congolais)の創設に参画。同年末にガーナで開かれた第1回全アフリカ人民会議に参加し、エンクルマらの影響を受けて、政治的にいっそう先鋭化した。1959年にはコンゴの即時独立を主張し、扇動罪で一時投獄されたが、1960年1月、独立のための円卓会議にコンゴ代表として参加し、同年5月の選挙ではMNCを勝利に導いて、6月のコンゴ共和国(のちザイール共和国。現、コンゴ民主共和国)の独立とともに初代首相に就任した。しかし、直後に起こったコンゴ動乱の渦中で、カタンガ州の分離独立問題への対応をめぐって大統領カサブブと激しく対立し、9月に首相を解任された。その後国連軍の保護下にあったが、レオポルドビル(現、キンシャサ)を脱出してルムンバ派の本拠地スタンリービルへ向かう途中、12月にカサイ州で政府軍に逮捕された。さらに1961年1月に身柄をカタンガ州へ移送されて殺害されたが、真相は明らかでない。[小田英郎]

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世界大百科事典内のルムンバの言及

【コンゴ民主共和国】より

…第2次世界大戦が終わると,アフリカ全域にナショナリズム運動が高まるが,ベルギー領コンゴにその波動が到達したのは50年代末期であった。その契機は,コンゴ国民運動(MNC)の指導者ルムンバが58年12月に現ガーナのアクラで開かれた全アフリカ人民会議に出席し,他地域のナショナリストたちから大きな刺激を受けて帰国したことである。ルムンバはコンゴの即時独立を目ざしてただちに大衆運動の組織化に着手し,ほかにもこれに同調する動きが生じたため,ベルギーもコンゴの独立を認める方向へ向かわざるをえなくなった。…

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