レオン王国(読み)レオンおうこく(英語表記)Kingdom of León

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

レオン王国
レオンおうこく
Kingdom of León

中世のスペイン北西部に存在した王国。現在のレオン,バレンシア,バリャドリドサモラサラマンカ諸領域をその領土としていた。レオン王国の起源はアストゥリアス王アルフォンソ3世の子,ガルシア1世 (在位 909~914) の統治に始る。ガルシアはアストゥリアスの首都をオビエドからさらに南方のレオンに移し,その兄弟のオルドニョ2世 (在位 914~924) が,その地にレオン王国を建設。王国の辺境は多くの城塞が築かれカスティリアと呼ばれたが,10世紀前半,辺境伯フェルナン・ゴンサレスはレオンから独立してカスティリア王国を建設した。 1037年レオン王国はカスティリアのフェルナンド1世 (大王) により併合されてカスティリア=レオン王国となり,アルフォンソ7世 (在位 1126~57) の死まで続いた。その子フェルナンド2世はレオン王 (在位 57~88) となり,王国はカスティリアと関係なく統治された (57~1230) 。レオンとカスティリアとの最後の併合はカスティリア王フェルナンド3世 (在位 17~52) によって行われ (30) ,以後,カスティリア王国の主導権のもとに統治された。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

レオン王国
れおんおうこく
Reino de Len

中世イベリア半島のキリスト教国の一つ。半島北西部に位置し、国名はローマ軍legioの駐屯地だった首都レオンに由来する。レオン王国は、山岳部のアストゥリアス王国がレオン市周辺に始まる平野に版図を拡大、これに伴って10世紀初頭に首都がオビエドからレオンに移ったことによって成立した(1910)。イスラム教徒のイベリア侵攻後いち早く成立したアストゥリアス王国を前身とするところから、レオン王国はイスラム教徒によって滅ぼされた西ゴート王国の後継者を自任した。そしてこれの復興を目ざすとともに、半島内の他のキリスト教国に対して宗主権を主張、周辺諸国も10世紀にはこれを容認した。だが、11世紀前半にはおりから勢いを得たナバラの前に屈服、続いてかつては自らの辺境であったカスティーリャが独立するとこれに従来の地位を奪われた。1037年、レオン王国はカスティーリャに合併され、その後一時独立を回復したが、1230年にはカスティーリャ王フェルナンド3世の下で最終的に両国は合体した。[小林一宏]

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