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ロッシュ ロッシュ Roche, Denis

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ロッシュ
ロッシュ
Roche, Denis

[生]1937
フランスの詩人,小説家。雑誌『テル・ケル』に拠り,プレネと並んでこの派の詩的立場を代表する。詩集『散文詩全集』 Récits complets (1963) ,『悪魔エロス』 Éros énergumène (68) がある。

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ロッシュ
ロッシュ
Roches, Léon

[生]1809.9.27. グルノーブル
[没]1901. ニース
幕末の駐日フランス公使。グルノーブル大学中退後,アルジェリアで農園を経営していた父のもとに行き,1836年アフリカ駐屯軍通訳官。 49年タンジェ (タンジール) 総領事。 57年チュニス総領事兼代理公使

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デジタル大辞泉の解説

ロッシュ(Léon Roche)

[1809~1901]フランスの外交官。1864年(元治元)駐日公使として来日。幕府を支持して積極的な対日政策を推進し、イギリス公使パークスと対立。軍制改革などに尽力したが、本国の対日政策変更のため、1868年(明治元)帰国。

ロッシュ(Loches)

ロシュ

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百科事典マイペディアの解説

ロッシュ

幕末の駐日フランス公使。1864年初代公使ベルクールに代わって来日。横須賀製鉄所建設工事を請け負い,幕臣の教育のために横浜仏語学校を設立,将軍徳川慶喜に幕政改革を勧めた。
→関連項目堺事件

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

ロッシュ Roches, Léon

1809-1901 フランスの外交官。
1809年9月27日生まれ。元治(げんじ)元年(1864)駐日公使として来日。薩長支持のイギリスに対抗,江戸幕府を援助し横須賀製鉄所の建設にあたり,横浜仏語伝習所を創立した。慶応4年帰国。1901年6月26日死去。91歳。グルノーブル出身。グルノーブル大中退。

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朝日日本歴史人物事典の解説

ロッシュ

没年:1901.6.26(1901.6.26)
生年:1809.9.27
幕末維新期のフランスの外交官。日本では「ロセス」と表記された。グルノーブルに生まれる。1828年バカロレア(大学入学資格試験)に合格,グルノーブル大学に入学するが,半年で退学。32年アルジェの遠征隊に勤務していた父親に呼び寄せられ,まずアラビア語を勉強,やがて通訳官に任命された。アフリカ軍参謀本部の通訳官長を経て,49年に軍籍を離れ,タンジェ総領事,57年チュニス総領事を歴任した。 元治1年3月22日(1864年4月27日)初代駐日公使ベルクールの後任として横浜に着任,日本語にたけた宣教師カション公使館通訳官に採用して対日政策,特に江戸幕府への援助政策を積極的に展開した。ロッシュは幕府を開国派とみなす一方で,諸藩が攘夷政策をとって幕府から離反していく傾向を危惧,雄藩への接近を企てるイギリス公使パークスと激しく対立した。軍事力の増強に努める幕府から製鉄所(造船所)建設の要請を受けたロッシュはまずこれを援助,慶応1(1865)年2月横須賀製鉄所の工事をすべてフランスが請け負う契約が成立した。続いて大砲の譲渡,横浜仏語伝習所の設置,600万ドル借款契約および軍事使節団派遣契約の成立など幕府援助政策が最高潮に達しようとしていた1866年9月,ロッシュの支援者であった外務大臣リュイスが更迭され,新外相ムスティエは,67年5月,いままでの幕府支持政策の転換を訓令するに至った。これに対しロッシュは猛烈に反発,ロッシュの召還は時間の問題となった。しかしこの間の幕府との政治的緊密化は日仏貿易を著しく発展させ,64~66年の貿易輸出はイギリスに次いで第2位に躍進,特に生糸と蚕種の輸出に占める割合は大きく,マルセイユへの生糸の直輸出も実現した。68年2月18日付の帰国命令に接し,明治1年5月4日(同年6月23日)帰国した。<参考文献>宮本又次「レオン・ロシュ小伝」(『経済史研究』13巻1号),石井孝『明治維新の国際的環境』

(内海孝)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

ロッシュ【Léon Roches】

1809‐1901
フランスの外交官,駐日フランス公使。グルノーブルに生まれ,1828年バカロレア取得後グルノーブル大学に入学したが6ヵ月で退学。32年アルジェリアに渡りアラビア語を学んだばかりかイスラム教徒となり,Si Omar ben Roucheと改名,アルジェリアを治めるアブデル・カデルの側近となった。のちフランス軍の通訳官となり,49年タンジールの領事に任命されるまで軍籍にあった。57年在チュニス総領事,代理公使となり,1864年(元治1)56歳で全権公使として江戸に赴任した。

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大辞林 第三版の解説

ロッシュ【Léon Roches】

1809~1901) 幕末の駐日フランス公使。1864年来日、徳川慶喜に幕政改革を建言するなど幕府援助政策をとり、イギリス公使パークスと対立。本国政府の政策転換により召還、68年(明治1)帰国。

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世界大百科事典内のロッシュの言及

【フランス】より

…さらにアジアでは,中国への進出の狙いをこめて1858年に始まったインドシナへの介入は,87年のフランス領インドシナ連邦の成立をもって確固たるものとなった。この1858年は,日本との間に日仏修好通商条約が結ばれた年でもあり,ほどなく駐日公使ロッシュを通じての幕末政局への介入が始まることになる。こうして,19世紀後半を通じて形成された植民地帝国は,第2次大戦後まで維持され,戦後その独立をめぐり,第1次インドシナ戦争(1946‐54),アルジェリア戦争(1954‐62)と,長期にわたる植民地戦争の泥沼に足をとられることとなった。…

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