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ロンドンデリー ロンドンデリーLondonderry

翻訳|Londonderry

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ロンドンデリー
ロンドンデリー
Londonderry

イギリス北アイルランド北西部の旧県名。アイルランド独立に際してイギリス統治下にとどまったアルスター 6県の一つ。1973年マーラフェルトリマバディーロンドンデリーの各地区と,クックズタウンコールレーンの各地区の一部に分割された。

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ロンドンデリー
ロンドンデリー
Londonderry

イギリス北アイルランド北西部の都市,および地区(district council area)。旧ロンドンデリー県に属する。1969年隣接地域と合併し,1973年の自治体再編で北アイルランドの 26地区の一つになった。

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デジタル大辞泉の解説

ロンドンデリー(Londonderry)

英国、北アイルランド北西部の港湾都市フォイル川の河口近くにあり、綿織物・造船などの工業が発達。市街を囲む城壁は、17世紀初めにプロテスタントの入植者により建造されたもので、名誉革命の際、ジェームズ2世の包囲に耐えたことで知られる。デリー

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百科事典マイペディアの解説

ロンドンデリー

英国,北アイルランド北西部のロンドンデリー地区の特別市で北アイルランド第2の都市。衣類生産に特色があり,造船,皮革,醸造,食品加工などの工業もある。衣類,畜産物を輸出。

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世界大百科事典 第2版の解説

ロンドンデリー【Londonderry】

北アイルランド第2の都市。単にデリーDerryとも呼ばれる。フォイル川河口に位置し,人口6万2697(1981)。アイルランドの守護聖人コルンバ(アイルランド名コルムキル)が546年にこの地に修道院を建立したことをたたえて,10世紀ころからデリー・コルムキルと呼ばれていた。しかし,イギリス支配期の1613年,ジェームズ1世ロンドン商人の組合にこの地への植民を許したことから,ロンドンデリーと呼ばれるようになった。

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大辞林 第三版の解説

ロンドンデリー【Londonderry】

イギリス、北アイルランド北西部の港湾都市。綿織物などの工業が盛ん。略称デリー。

出典|三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ロンドンデリー
ろんどんでりー
Londonderry

イギリス、北アイルランド北部の都市。1633年以前はデリーDerryとよばれ、1984年ふたたび旧称に復した。ベルファストに次ぐ北アイルランド第二の港湾・工業都市で、人口10万5066(2001)。フォイル川の河口近くに位置する。農村家内工業の伝統を引く綿紡績や醸造、食品などの産業のほか、第二次世界大戦期の海軍基地設置による港湾機能拡充の結果、石油化学工業や造船業も発達した。1610年イギリスの植民会社ロンドン・カンパニーが創設され、アイルランド植民地経営の拠点とされた。プロテスタントカトリック両派の宗教的対立が激しく、イギリス支配に対するアイルランド住民の反発が絡んで両派の衝突が社会問題となっている。城郭都市で、旧市街は城壁に囲まれる。17世紀のセント・コロンバ教会がある。[米田 巌]

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