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ワタ

栄養・生化学辞典の解説

ワタ

 [Gossypium indicum].アオイ目アオイ科ワタ属に属する木綿をとる植物.実から植物油(綿実油)をとり,残部の綿実粕は飼料にする.

出典 朝倉書店栄養・生化学辞典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ワタ
わた / 綿
cotton

アオイ科ワタ属Gossypiumの繊維作物で、種子表面の毛(繊維細胞)を利用する。[星川清親]

栽培種・系統

主要な栽培種としては4種ある。G. herbaceum Oliv.(シロバナワタ、一年生)とG. arboreum L.(キダチワタ、多年生)はともにエチオピア南部の原産。前者は西アジアに、後者は古代にインドに伝わって栽培され、ともに東南アジア一帯に広まってアジアメンとよばれる。さらに中国に伝わったキダチワタから一年生のシナワタが分化し、11世紀から栽培され、これが日本にも伝来した。G. barbadense L.(カイトウメン)は中南米地域原産で、カリブ海に広まって一年生の現在の栽培種を生じ、16世紀にはアフリカに伝えられてエジプトメンを生じた。またG. hirsutum L.(リクチメン)も古くはメキシコなどで栽培されていたが、18世紀からアメリカ合衆国で大量栽培され始め、いまでは南アメリカ各地、旧ソ連地域、東南アジア、エジプトを除くアフリカなど、世界中でもっとも広く栽培されている。[星川清親]

形態

現在栽培されるワタはおもに一年生の半木状草本で、多くの枝を分かち、草丈0.6~1.2メートルになる。葉は種によって2~4の切れ込みがあり、長さ5~10センチメートル。夏に枝の葉腋(ようえき)から結果枝が出て、その各節に花がつく。花は3枚の包葉に包まれ、内側に萼(がく)がある。花弁は5弁で、リクチメンは白、黄白色、アジアメンは黄、白、紅色など。いずれも開花後赤く変色する。径は約6センチメートル。自花受精後できる(さくか)は長さ3~4センチメートルのモモの実形で緑色。内部は種によって3~5室あり、1室に7~8個の種子ができる。成熟すると果は褐色になり、乾いて裂開する。これを開絮(かいじょ)とよぶ。各種子の表皮に繊維毛が生え、それが白い塊になって開絮により露出し膨らむ。種皮の繊維は長短いろいろあり、また種や品種によって平均長も異なるが、長いものはカイトウメンの5センチメートル以上、リクチメンは3センチメートル余り、アジアメンは2センチメートルくらいである。繊維は薄いクチクラ層に覆われたセルロースの重層構造で、中心は空洞になり、全体が撚(よ)れている。この撚れは製糸のために重要な性質で、カイトウメンはもっとも多く、アジアメンはもっとも少ない。繊維をつけたままの種子を実綿(みわた)といい、実綿から種子を除いたものを繰綿(くりわた)または綿花(めんか)(リントlint)という。また繊維を除いた種子は綿実(めんじつ)といい、16~20%のタンパク質、18~24%の油を含む。[星川清親]

栽培

ワタは生育に高温が必要で、年平均気温15℃以上の熱帯から温帯の南部に栽培される。日本やアメリカの栽培北限は北緯37度、ウクライナでは夏季高温のため47度まで栽培されている。また日照を多く必要とし、生育期間の40%以上、とくに結実期が晴天であることが必要である。アメリカ合衆国の南部、いわゆるコットンベルトは適地として知られる。夏の終わりから秋に開絮した実綿は手摘みあるいは機械摘みし、工場に送ってローラー型あるいは鋸歯(きょし)型の繰綿機にかけて綿花をとる。繰綿歩合はリクチメンで30~35%、アジアメンは25~30%である。ワタは連作障害の少ない作物で、アメリカ合衆国では長期連作、あるいはワタ2~3年連作のあとトウモロコシやダイズを輪作して地力維持を図っている。また連作の場合も冬作にマメ科作物をつくり、これを鋤(す)き込むことが多い。土壌の種類に対しては適応性が大きい。酸性にはやや弱いが、塩分に対しては各種作物のうちでもっとも強いほうであるため、各国では塩分の多いアルカリ性土壌で栽培されるのが一般である。[星川清親]

栽培史

ワタは紀元前5800年ころのメキシコの遺跡から果実が発掘されている。またペルーでも前2400年のワカ・プリエタ遺跡から綿の織物の破片が発見されている。一方インドのモヘンジョ・ダーロ遺跡の前3500年の地層から綿糸が発掘されている。これらのことから、ワタは古代から人間に利用されており、しかもインドとペルーでそれぞれ独自に利用され、織物がつくられていたことが明らかである。インドは紀元前数世紀から綿産国としてヨーロッパにまで知られ、その後東南アジア、アラビア、アフリカ、南ヨーロッパにワタ作が広まった。エジプトでは古代から繊維作物としてアマがつくられていたが、紀元のすこし前ころからワタが利用されるようになった。中国には11世紀ころから重要な作物として、とくに華中・華南に栽培されるようになった。これらの歴史の間に各地でいろいろな系統品種ができたが、インドに発するワタの歴史を綴(つづ)ったものは一括してアジアメンである。アメリカ大陸ではコロンブスが来航した時代には、すでに中南米、西インド諸島一帯にワタが栽培されていた。そして西欧人の手によってカリブ海諸島のワタすなわちカイトウメンが、西アフリカやスーダンに伝えられ、エジプトメンが誕生した。一方、南アメリカのペルーなど内陸地のワタ、すなわちリクチメンは18世紀に入ってアメリカ合衆国に入った。おりしも1793年にホイットニーが繰綿機を発明したことにより、イギリスのランカシャーに大紡績業がおこり、アメリカ合衆国は原綿の供給地として大規模な企業栽培が行われた。以後リクチメンは世界各地の熱帯、亜熱帯諸国に広まって生産されるようになった。
 日本へのワタの伝来は、桓武(かんむ)天皇の延暦(えんりゃく)18年(799)に三河国に漂着したインド人が種子をもたらしたのが初めといわれる。しかしそれは栽培が定着せず、その後文禄(ぶんろく)年間(1592~95)に中国から種子が導入されたことにより九州で栽培が始まり、しだいに関東地方にまで広まった。日本ではそれまで生糸のことをワタとよんでいたが、以来モメン(木綿)という呼び名が新来作物につけられ、しだいにこれがワタの名を奪うようになり、繭(まゆ)からとるものはマワタ(真綿)とよばれるようになった。江戸時代の各藩では、ワタ栽培の振興に努め、日本人のもっとも主要な衣料繊維として利用された。当時の主要品種としては会津在来、紫蘇綿(しそめん)など多数があった。明治時代に入っても官営紡績工場が設けられてワタの栽培が奨励され、明治20年(1887)ころには作付面積10万ヘクタール、綿花2万5000トンの生産があり、ほぼ国内需要を満たしていた。しかしその後日本の綿紡績産業は世界最大に発達し、安価な外国の原綿を輸入するようになった。このため国内のワタ栽培は急速に減少し、いまでは栽培は皆無の状態である。
 ワタ(綿花)の生産は世界全体で約1700万トン、国別ではアメリカを筆頭に、旧ソ連の国々、中国、インドなどが主産国である。また同時にワタの種子(綿実)が綿花の約2倍、3500万トンほど生産されている。[星川清親]

利用

ワタは綿糸、綿織物など紡績用にされる。繊維が短いなど品質の劣るものは、ふとんの中入れ綿や脱脂綿などにされるほかに、綿火薬やさまざまな充填(じゅうてん)料に使われる。綿実は圧搾または溶媒抽出により油をとる。綿実油はリノール酸40~50%、オレイン酸20~70%、パルミチン酸20%を含む半乾性油で、良品質、しかも安価なためてんぷら油などに多く用いられる。冷却法で固形分を除いたものを冬油とよび、サラダ油、マヨネーズ油として適する。またマーガリン原料となり、動物脂と混ぜてラードもつくられる。このほか、せっけんなどの原料にされる。油を搾った綿実粕(かす)は、飼料や肥料として利用される。[星川清親]

文化史

もっとも重要な天然繊維であり、有史前から新旧両大陸で独自に開発利用された。衣服以外にペルーのワカ・プリエタ遺跡からは漁網が出土し、現在もアマゾンのインディオは吹矢の鏃(やじり)に使う。アフリカでは、種子を長時間煮て、突き砕き、皮を除いて団子状に丸め発酵させた伝統的食品のダウダワがある。
 ワタの日本への渡来は8世紀末で、それ以前『万葉集』に詠まれる綿(わた)(巻14、3354など)はカイコの繭からとった真綿(まわた)で、木綿(ゆう)はコウゾとみられる。『日本後紀』の延暦(えんりゃく)18年(799)7月条に三河(愛知県)に天竺(てんじく)人と称する男(唐人は崑崙(こんろん)人とみる)が漂着しワタの種子を伝えたとの記録がある。このワタの種子はのち、紀伊(きい)、阿波(あわ)、讃岐(さぬき)、伊予(いよ)、土佐(とさ)および大宰府(だざいふ)管内に植えさせたという(『類聚(るいじゅう)国史』延暦19年4月条)。そのおりワタの種を入れていたとされる壺(つぼ)が、西尾市天竹(てんちく)町の天竹社(綿神(わたがみ))に宝物として伝わる。9世紀、ワタの生産は伸び、大宰府では884年(元慶8)絹の4倍にあたる8万屯(とん)に達した(『三代実録』)。その後は不作で衰退し、『源氏物語』の「橋姫」には、「絹や綿などを数多くお贈りになる」との表現がみられるが、平安後期から室町時代にかけては、三河地方などで細々とつくり継がれるにすぎなかった。16世紀、朝鮮や中国から新しい品種が渡来し、生産は息を吹き返し、江戸時代は庶民の衣服用に定着した。
 ワタ栽培には、多数の労働力を必要とする。アメリカ合衆国南東部の綿花地帯は19世紀には世界最大の綿生産地となり、それを支えた奴隷制は南北戦争を引き起こした。[湯浅浩史]
『吉村武夫著『綿の郷愁史』(1971・東京書房) ▽大蔵永常著『綿圃要務』(1833年刊/『日本農書全集15』所収・1977・農山漁村文化協会)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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