三河木綿(読み)ミカワモメン

百科事典マイペディアの解説

三河木綿【みかわもめん】

愛知県三河地方産の白地綿織物の称。この地方は8世紀にワタが伝来しているが,栽培がすすめられたのは16世紀に入ってからで,江戸時代,徳川家の保護のもとに全国的に知られた。厚地,丈夫で帯芯や足袋底,染色して袢纏(はんてん),股引(ももひき),暖簾(のれん)などに使用された。
→関連項目綿織物

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世界大百科事典 第2版の解説

みかわもめん【三河木綿】

三河国(愛知県東部)で織られた木綿布をいう。生地の白木綿が主である。三河は現在確認される国産木綿の産地の中で最も古い国の一つ。《日本後紀》によると799年(延暦18)当地に漂着した崑崙人自称天竺人が綿種をもたらしたが,これは定着せず中絶したらしい。しかし700年後の1510年(永正7)には奈良で三河木綿の名が見えるのをはじめ,京都の貴族にも贈答品とされるなど,特産品としての名をはせている。 江戸初期のことは不確実だが,徳川家康が三河の出であったことから,江戸大伝馬町の木綿問屋も三河出身者に開かせたとの伝承もある。

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大辞林 第三版の解説

みかわもめん【三河木綿】

愛知県東部で織られた木綿。がら紡糸を用いた小幅白木綿が知られる。地合厚く暖簾のれん・帯芯・足袋裏などに用いる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

三河木綿
みかわもめん

三河国(愛知県)でつくられる綿布のこと。この地方では、江戸時代から綿の栽培が行われていたが、これでつくった綿布を三河木綿といって売り出すようになったのは明治に入ってからのことといわれる。愛知県宝飯(ほい)郡三谷(みや)町(現蒲郡(がまごおり)市)を中心とする地方で行われたのが、その初めといわれる。帯芯(おびしん)、足袋(たび)底、半纏(はんてん)、のれん、酒漉(こ)し袋などに用いられる地厚の白生地(きじ)が多い。とくに岡崎地方の三白(さんぱく)または三白木綿(三河白木綿の略)といわれる半纏、ももひきは有名である。[山辺知行]

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事典 日本の地域ブランド・名産品の解説

三河木綿[染織]
みかわもめん

東海地方、愛知県の地域ブランド。
三河産の木綿の織物・タオル・敷き布・布団・布団カバー・布団側・毛布・ワイシャツ類・和服。三河は日本の木綿発祥の地であり、江戸時代後期には、三河木綿の縞柄格子柄が江戸を中心に全国に知れ渡った。明治時代には三河木綿・三河縞というブランド名が全国に広まり、質の良い綿織物として今日まで受け継がれている。2007(平成19)年2月、特許庁地域団体商標に登録された。商標登録番号は第5023103号。地域団体商標の権利者は、三河織物工業協同組合。

出典 日外アソシエーツ「事典 日本の地域ブランド・名産品」事典 日本の地域ブランド・名産品について 情報

世界大百科事典内の三河木綿の言及

【三河国】より

…岡崎藩をはじめ周辺の藩兵の出動によって鎮圧されたが,当時の徳川斉昭,水野忠邦ら幕閣の首脳に大きな衝撃を与えた。
[産業,交通,文化]
 代表的な産業としては,西三河で三河木綿がある。綿はとくに矢作川下流の平野部畑地を中心に早くから栽培が行われ,戦国末には京都に一部送られていたが,江戸開府とともに江戸へ送られた。…

※「三河木綿」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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