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ワルトハイム ワルトハイム Waldheim, Kurt

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ワルトハイム
ワルトハイム
Waldheim, Kurt

[生]1918.12.21. ザンクトアンドレウェルデルン
[没]2007.6.14. ウィーン
オーストリアの外交官,政治家。ウィーン大学卒業,法学博士。 1945~55年外務省勤務。 1955年初代国際連合代表,1956~58年カナダ公使,1958~60年同大使。 1964~68年国連大使,1968~70年外務大臣,1970年国連大使再任。

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百科事典マイペディアの解説

ワルトハイム

オーストリアの外交官・政治家。バルトハイムとも。ウィーン生れ。ウィーン大学卒業。外務省に入り,カナダ駐在大使,国際連合(国連)代表,外相などを経て,1972年から1981年まで第4代国連事務総長を務めた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ワルトハイム
わるとはいむ
Kurt Waldheim
(1918―2007)

オーストリアの政治家。1955年初代国連代表。のちカナダ大使、国連大使を経て1968~1970年外相。1971年第4代国連事務総長に選出された。1976年再選後、1981年の3選立候補は中国の拒否権行使にあい実現しなかった。1987年オーストリア大統領選挙に推されたが、選挙期間中、第二次世界大戦ドイツ国防軍将校としてユーゴスラビアパルチザン弾圧に加わったと報道され、内外に話題をまいた。1988年国際歴史家委員会が「ナチ犯罪に直接関わった証拠はないが、残虐行為について十分知りうる立場にあった」との報告をオーストリア政府に提出、本人も1991年6月、「次期大統領選に出馬せず」と政界引退を表明、事件は真相不明のまま鎮静化した。[藤村瞬一]
『ロバート・E・ハーズスタイン著、佐藤信行・大塚寿一訳『ワルトハイム――消えたファイル』(1989・共同通信社)』

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