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戦争犯罪 せんそうはんざい war crime

翻訳|war crime

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

戦争犯罪
せんそうはんざい
war crime

国際慣習法と一部の国際条約によって規定された戦争法規に対する違反。「戦争犯罪」は定義がむずかしいが,第2次世界大戦以降,国際法に反する以下の3つのカテゴリーが一般に戦争犯罪として認知されている。

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デジタル大辞泉の解説

せんそう‐はんざい〔センサウ‐〕【戦争犯罪】

国際条約の定める戦闘法規に違反する行為。例えば、降伏者の殺傷、禁止兵器の使用など。第二次大戦後は、侵略戦争国際法に違反する戦争の計画・開始・遂行の責任に関する罪(平和に対する罪)、一般民衆に対する大量殺人・迫害など人道に反する行為の罪(人道に対する罪)が加えられた。

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百科事典マイペディアの解説

戦争犯罪【せんそうはんざい】

狭義には従来戦時重罪戦時犯罪と呼ばれたもので,戦闘法規や慣例に違反した行為,スパイ行為などであり,相手の交戦国がこれらの違反行為者を捕らえた場合には処罰できる。
→関連項目国際軍事裁判国際犯罪重光葵戦争東京裁判ワルトハイム

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世界大百科事典 第2版の解説

せんそうはんざい【戦争犯罪】

第2次世界大戦末まで一般に使われてきた意味に従えば,戦争犯罪とは,戦争法規に違反する行為であって,それを行いまたは命じた者を交戦国が捕らえた場合,これを処罰しうるものをいう。日本では,戦時犯罪または戦時重罪と呼ばれてきた。戦争犯罪に該当するものとしては,従来の分類に従えば,(1)交戦国の兵力に属する者による戦争法規の違反,(2)兵力に属さない者による敵対行為,(3)一方の交戦国の権力内で,その国への忠誠義務を負わない者(敵国や中立国の国民,仮装した軍人)がその国に害を与えまたは敵を利するために行う行為,すなわち戦時反逆,(4)スパイ行為,(5)戦場で軍隊につきまとい,略奪,窃盗,戦利品の剝奪等を行う行為,すなわち剽盗があげられる。

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大辞林 第三版の解説

せんそうはんざい【戦争犯罪】

軍隊構成員または一般市民による敵国に対する行為で、敵国がその行為者を捕らえた場合に処罰できるもの。交戦法規の違反・一般市民による敵対行為・スパイなどがこれに該当する。狭義の戦争犯罪。戦時犯罪。
第二次大戦後の国際軍事裁判における実行より生まれた概念で、狭義の戦争犯罪に加え、平和に対する罪・人道に対する罪もこれに含まれる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

戦争犯罪
せんそうはんざい
war crimes

戦争犯罪には狭い意味のものと広い意味のものとがある。[石本泰雄]

狭義の戦争犯罪

狭い意味の戦争犯罪は、「戦時犯罪」「戦時重罪」または「通常の戦争犯罪」ともいわれる。一方の交戦国の軍隊構成員または市民が相手交戦国に対してある種の行為を行ったとき、相手交戦国はこれを処罰することができる。この行為が通常の戦争犯罪である。その代表的なものは軍隊構成員による戦時国際法の違反である。たとえば禁止されている兵器を使用したり、捕虜を虐待したりすることはこれにあたる。そのほかに一般市民による敵対行為への参加も犯罪となる。特殊なものとしては間諜(かんちょう)(戦時のスパイ)、戦時反逆(占領地などで行われる敵国のための情報提供や破壊行動など)や剽盗(ひょうとう)(戦場をさまよい窃盗や略奪を行うこと)がある。これらの犯罪を犯した者を他方の交戦国が捕らえたときは、死刑を含む刑罰を科することができる。交戦法規の違反に対する制裁の一態様として、この種の戦争犯罪は国際法上古くから確立していた。
 このように伝統的な国際法では、戦争犯罪の処罰は、もっぱら戦争遂行の過程で現れる戦時国際法からの逸脱を救正しようとするものであり、戦争そのものを開始した者に対する責任の追及を行うものではなかった。20世紀の初めまでは、たとえ攻撃戦争であっても、それ自体違法ではなく自由とされていたから、戦争指導者の刑事責任の追及が行われなかったのは、いわば当然の帰結である。[石本泰雄]

戦争犯罪概念の拡大

しかし、第一次世界大戦後ベルサイユ条約は「国際道義ニ反シ、条約ノ神聖ヲ涜(けが)シタル重大ノ犯行」について、ドイツ皇帝ウィルヘルム2世の責任を問い、その訴追を定めた(第227条)。この裁判は、オランダが皇帝の身柄引渡しを拒んだため実現をみなかったが、戦争犯罪概念の展開に一つの時期を画したものであった。
 第二次世界大戦後、ニュルンベルクおよび東京で国際軍事裁判が行われ、ドイツおよび日本の戦争指導者が処罰された。これらの裁判所の条例では、通常の戦争犯罪のほかに、「平和に対する罪」と「人道に対する罪」についても、これを犯罪として処罰すべきことが規定された。いいかえれば、侵略戦争の計画、準備、開始および遂行、ならびに一般人民に対してなされた殺害、大量殺人、奴隷化などの非人道的行為がいずれも犯罪とされたわけである。
 このように戦争犯罪の概念は拡大され、質的転換さえみせたのであるが、それだけに、当時の国際法ではまだ十分に成熟したものとはいえないという批判もまた行われた。すなわち、第一に、平和に対する罪や人道に対する罪は実定法上で確立していたわけではないから、これによって処罰することは事後法の適用であり、罪刑法定主義に反するという批判。第二に、国家機関として行動した個人を、個人的な刑罰の対象とすることは不合理であるという批判。第三に、検察官はもちろん、裁判所も戦勝国の国民だけによって構成され、もっぱら敗戦国側の行動だけが裁かれるのは公平でないという批判、などがそれである。しかし、1946年に国連総会は「ニュルンベルク裁判所条例およびその判決によって認められた国際法の諸原則」(ニュルンベルク諸原則)を確認し、それを受けて国連国際法委員会は、「人類の平和と安全に対する罪についての法典草案」を51年、54年および96年の三次にわたって採択し総会に提出した。このように今日では、拡大された広い意味での戦争犯罪の概念は国際社会で定着しているとみてよい。
 1993年5月の国連安保理事会決議によって、旧ユーゴ紛争における国際人道法の重大な違反などの責任者を、戦争犯罪人として裁くため、オランダのハーグに国際裁判所が設置された(旧ユーゴ戦争犯罪国際法廷)。また94年11月の安保理事会決議によって、ルワンダにおける「大虐殺」に関連する戦争犯罪人を裁くため、タンザニアのアルーシャに国際裁判所が設置された(ルワンダ国際法廷)。いずれの裁判所も、紛争当事者から独立した裁判官によって構成される点で、従前のニュルンベルクおよび東京裁判とは異なるが、それらは一時的に構成された裁判所であって、常設的な裁判所ではない。常設の裁判所を設置し、戦争犯罪人や集団殺害を行った犯罪人などを処罰するため、国連国際法委員会の作成した国際刑事裁判所規程草案に基づき、98年6月から7月にかけてローマで政府間外交会議が開催された。これにより、国際刑事裁判所設立条約が採択され、集団殺害罪、人道に対する罪、および(通常の)戦時犯罪について、これらを犯した個人が国際的に処罰を受ける道が開かれた。[石本泰雄]
『大沼保昭著『戦争責任論序説』(1975・東京大学出版会) ▽伊藤哲雄「旧ユーゴ国際裁判所の法的な枠組と問題点」(『立教法学』40号所収・1994・立教法学会) ▽小和田恒他「国際刑事裁判所の設立」(『ジュリスト』1146号所収・1998・有斐閣) ▽藤田久一著『戦争犯罪とは何か』(岩波新書)』

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世界大百科事典内の戦争犯罪の言及

【東京裁判】より

…正式の名称は極東国際軍事裁判International Military Tribunal for the Far East。日本の戦前・戦中の指導者28名の被告を〈主要戦争犯罪人〉(A級戦犯)として,彼らの戦争犯罪を審理した国際軍事裁判。
[前史]
 第2次大戦中の連合国の戦争目的には,日独伊など枢軸国による侵略と残虐行為に対する自衛と制裁の方針が一貫して掲げられており,戦争終結後に枢軸国の戦争指導者と戦争犯罪を処罰することは,連合国の共通目標だった。…

【日本】より

…個人的水準においてしかり,また大きな社会的水準においてもしかり。たとえば15年戦争の〈戦争犯罪〉に対する戦後日本社会の態度は,よくそれを示す。アウシュビッツの責任は,ドイツ人自身により法廷で追及された。…

【ニュルンベルク裁判】より


[経過]
 第2次大戦の戦勝国となった連合国側はすでに大戦中から,ドイツ軍の占領地における残虐行為等の処罰を戦争目的の一つとする旨をしばしば声明し,とくに1943年11月のモスクワ宣言で,アメリカ,イギリス,ソ連の3国は〈地域的に限定し難い犯罪〉の主要な責任者の追及問題に触れていた。ドイツの無条件降伏後,45年6月から8月にかけて開かれたロンドン会議で,これにフランスを加えた4国の代表は〈欧州枢軸諸国の主要戦争犯罪人の訴追の処罰に関する協定〉に署名し,同協定の一部をなす国際軍事裁判所条例に基づいて,裁判を行うことに合意した。なお同協定にはその後19の連合国が加入し,計23ヵ国の名において起訴状が提出されることになった。…

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