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ワルド Waldo, Peter

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

ワルド
Waldo, Peter

[生]?
[没]1218頃
ワルド派を開いた宗教家。 Valdo,Valdés,Waldusなどとも書く。フランス名はバルド Pierre Valdo。リヨンの富裕な商人であったが家を捨て,1170~76年頃プロバンス語訳の福音書を手に説教を始め,キリストの生に範を求めて信徒に自発的な清貧を説いた。リヨン大司教より説教を禁じられたため,79年第3ラテラノ公会議に出席して認可を求めた。教皇は清貧の誓いをたたえたが,説教は禁じた。やがて説教を再開したためリヨン大司教より破門され,84年のベロナ教会会議における破門に続いてリヨンから追放された。その生涯は多くが謎である (Peterという名も 14世紀後半に初めて言及されている) 。

ワルド

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大辞林 第三版の解説

ワルド【Abraham Wald】

1902~1950) ルーマニア生まれのアメリカの数理統計学者。逐次検定法を開発して統計的品質管理の充実に寄与するとともに、検定や推定の問題をより一般的な決定問題として扱う統計的決定関数の理論を展開し、推計学の理論的拡充に貢献。

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

ワルド
わるど
Abraham Wald
(1902―1950)

ルーマニア出身の数学者、統計学者、経済学者。クルージュのユダヤ系の家に生まれ、クルージュ大学、ウィーン大学で数学を専攻した。幾何学から出発したが、やがて応用数学に転じ、経済関係の研究所で数理経済学に関する仕事に従事した。1938年アメリカに渡り、数理統計学を研究、1944年コロンビア大学教授となり、統計学主任教授も務めた。1943年アメリカに帰化。業績は計量経済学・数理統計学など広範で、『統計的決定関数理論』(1950)は代表的著作。1950年航空機事故で死去。[栗原 裕]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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