鎌倉宮(大塔宮)の北方、
当寺の前身は「吾妻鏡」に記す、北条義時が建保六年(一二一八)七月に建立し、同年一二月に薬師如来を安置供養した
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
神奈川県鎌倉市にある真言宗泉涌寺派の寺。鷲峯山真言院と号す。もと真言,律,禅,浄土の四宗兼学であったが,明治初年に本山の京都泉涌寺に従って真言宗となった。1218年(建保6)北条義時が大倉に建立した薬師堂がその前身といい,1296年(永仁4)北条貞時が忍性の弟子智海心慧を招いて覚園寺と改めた。鎌倉時代は北条氏の保護を受け,建武新政のときは後醍醐天皇の勅願寺,室町時代は足利氏の祈願寺となり,北京律の拠点として大いに栄えた。本尊の薬師如来座像および脇侍の日光・月光両菩薩像,地蔵堂の地蔵菩薩立像(いずれも重要文化財),愛染堂の愛染明王像,もと理智光寺の本尊の阿弥陀如来座像などの仏像彫刻をはじめとする文化財が多い。ほかに開山智海と2世大灯源智の宝篋印塔(重要文化財),覚園寺文書94通も有する。境内は国史跡。
執筆者:今井 雅晴
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
神奈川県鎌倉市二階堂にある真言宗泉涌寺(せんにゅうじ)派の寺。鷲峰山(じゅぶさん)真言院と号する。1218年(建保6)北条義時(よしとき)が霊夢をみたことによって薬師堂を建てたのに始まると伝えられる。1250年(建長2)火災で焼失したが、翌年北条時頼(ときより)が再建、1296年(永仁4)北条貞時(さだとき)が心慧和尚(しんねおしょう)を招いて開山とし、覚園寺と称するようになった。境内には愛染堂、薬師堂、地蔵堂などがあるが、現在の建物はすべて足利尊氏(あしかがたかうじ)が再建したものである。本尊の薬師如来(にょらい)像(脇侍(きょうじ)の日光・月光菩薩(ぼさつ)像とともに国指定重要文化財)は運慶(うんけい)作、十二神将像は宅磨(たくま)の作と伝えられる。地蔵堂に安置される地蔵菩薩像(国指定重要文化財)は像全体が黒ずんでおり、一般に火焚(ひた)き地蔵尊、黒地蔵などとよばれ、いまなお京浜地方の消防関係者の信仰を集めている。また、開山塔と大燈(だいとう)塔(関東最大の宝篋印塔(ほうきょういんとう))は国の重要文化財に、大小さまざまな洞穴が群集する「百八やぐら」は国の史跡に指定される。
[菅沼 晃]
年齢を問わず、多様なキャリア形成で活躍する働き方。企業には専門人材の育成支援やリスキリング(学び直し)の機会提供、女性活躍推進や従業員と役員の接点拡大などが求められる。人材の確保につながり、従業員を...
10/29 小学館の図鑑NEO[新版]動物を追加
10/22 デジタル大辞泉を更新
10/22 デジタル大辞泉プラスを更新
10/1 共同通信ニュース用語解説を追加
9/20 日本大百科全書(ニッポニカ)を更新