経済理論の展開や経済問題の分析に際して、その演繹(えんえき)的操作の厳密性と明晰(めいせき)さを求めて数学的手法を採用して行う経済学の総称。有名な『数理経済学』(1956)の著者R・G・D・アレンは、その序章において、数理経済学とは「数学の用語で書かれた経済理論」であり、「経済的な意味内容をもつ自己完結的な特殊な公理体系から導かれうる結論を、どこまでも追求してゆく過程」であると述べている。すなわち、数理経済学はある理論を確立するにあたり、いくつかの前提(「自己完結的な公理体系」)から出発し、結論に到達するまでの手続を数学的に行うことにとどまるもので、得られた結論については経済の現実に照らして検証が行われねばならないことは当然である。このように数理経済学は経済学の特定の分野を意味するわけではなく、経済理論の構成にあたり便宜的手段として数学を援用するものに対して広くいわれることばとして理解される。
数学的手段を用いて経済理論を構成する試みは、すでに19世紀初頭、A・クールノーの著書『富の理論の数学的原理の研究』(1838)にみられる。その後、クールノーのこの業績を紹介したW・S・ジェボンズを含め、C・メンガー、M・E・L・ワルラスらによって1870年代に打ち立てられた限界効用理論においても数学的分析手法は取り入れられたが、それが存分に援用されることにより画期的な理論体系として確立されたのは、同じワルラスによる一般均衡理論であった。この理論は、それまでの理論がある特定の市場に関する経済分析のみを対象としてきたのに対し、経済社会を構成する全市場は財相互間の代替・補完の関係を通じて相互依存の状態にあることを直視して、全市場の同時的均衡を分析する体系である。そして、このような経済変量間の複雑な相互依存関係の記述、分析には、数学的表現を借りるのがもっともよくその目的を果たしうるものであり、ここにおいて経済学と分析手段としての数学が密接な関連をもつに至った。ワルラスの一般均衡理論とその数学的分析手法は、V・パレートに受け継がれたが、彼らが自らを「数理学派」とよんでいたところにも、この時期に至って経済学に数学が意識的に用いられたことがわかる。
このような数学的分析手法の導入は、新古典学派(限界理論以降、J・M・ケインズの理論が出る前までの経済学)の微視的価格分析中心の理論に関してだけでなく、ケインズ以降の国民所得分析の理論の発展や成長理論の展開についてもますます幅広い範囲にわたって行われるようになり、それによって、従来の理論の再編成と新しい分野への理論的展開がなされている。
[高島 忠]
『R・G・D・アレン著、安井琢磨・木村健康監訳『数理経済学』上下(1958、59・紀伊國屋書店)』▽『K・J・アロー、F・H・ハーン著、福岡正夫・川又邦雄訳『一般均衡分析』(1976・岩波書店)』
理論経済学のうち数学的手法を重視する立場をいう。一般に理論経済学は現実を抽象化した模型を作り,その機能を分析することにより,現実理解の手がかりを得ようとするが,数理経済学は分析方法に数学を利用する。しかし関心は定性分析にあり,具体的データを用いた定量分析を試みる計量経済学とはこの点で異なる。かつて数理経済学は,正統派経済学の日常言語による分析に対抗して,数学利用をもって自己の独自性を標榜(ひようぼう)した一派の標語であった。しかし現代では程度の差こそあれ数学の利用自体は理論経済学一般の通例であり,この点のみに注目して数理経済学を特徴づけることはもはや適切ではない。今日数理経済学固有のテーマは,出自こそ経済学にあるが,問題の重要性は経済学よりむしろ数学から与えられる問題である。
分析手法に数学を利用する立場は,社会科学ではごく近年の諸例を除けば比較的少ない。社会科学に数学が有効でありうるかに関して長い論争があるが,今日ではそれを全面的に否定する見解は聞かれない。経済学における一定の成功が,このような見解の反例となったためであろう。数理経済学の先駆は1820年代のA.A.クールノーの業績に求められる。彼は独占,寡占の分析に微分学を適用し,数学の有効性を示した。しかし彼の業績は孤立しており,現代の数理経済学の嚆矢(こうし)としては1870年代L.ワルラスの一般均衡理論をあげねばならない。彼は経済活動の基本的特徴を経済諸量の相互依存関係としてとらえ,これを一組の連立方程式で表現する着想を得た。ワルラス自身は自己の着想を数学的に十分精密に展開することは果たしえなかったが,彼の考えはその後の数理経済学の指導原理を与え,1930年代の先駆者に導かれて,ようやく50年代に厳格な数学的基礎の上に確証される。数理経済学が理論経済学に対してことさら自己の独自性を誇る時代はここに終わり,それ以降両者の間には一種の緊張をはらみつつの和解が進むのである。
執筆者:時子山 和彦
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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