七ヶ浜(読み)しちがはま

日本歴史地名大系 「七ヶ浜」の解説

七ヶ浜
しちがはま

明治九年(一八七六)の太政官布達により統合されたみなと浜・まつヶ浜・菖蒲田しようぶた浜・花淵はなぶち浜・吉田よしだ浜・さき浜・東宮とうぐう浜をいい、「封内風土記」の東宮浜の項に「自湊浜至此浜曰七浜」とある。「宮城七浜」ともよんだ(奥陽名数)。宮城郡浜方三二邑に所属。江戸期の郷帳類では塩竈村に含まれるが、「安永風土記」は浜ごとに書上げており、それによると各浜に肝入がおり、村高も定められているので独立性は強かったものとみられる。しかし明治九年「宮城郡地誌」の七ヶ浜村の項になお「塩竈村枝村」とみえるように、同二二年の町村制施行で七ヶ浜村として独立するまでは塩竈村の付属地視されていた。

江戸時代は大部分が蔵入地であったが、耕土は狭く、やせ地が多かった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

改訂新版 世界大百科事典 「七ヶ浜」の意味・わかりやすい解説

七ヶ浜[町] (しちがはま)

宮城県中央部,宮城郡の町。人口2万0416(2010)。松島湾南西に突き出た七ヶ浜半島を占める。中央部は丘陵となり,古くからの漁業集落が海岸沿いに分布する。ノリをはじめアワビワカメ養殖が主産業で,漁業従事者の就業人口に占める割合が高い。また1931年より北洋漁業に出漁するなど遠洋漁業にも早くから進出している。59年には半島の突端代ヶ崎浜に東北電力仙台火力発電所がつくられ,仙塩臨海工業地域の一翼を担う一方,仙台や塩釜への通勤者も多い。菖蒲田浜は県内一の海水浴場として知られ,高山には明治末期から外国人別荘地がつくられている。代ヶ崎多聞山は松島四大観の一つに数えられる景勝地。
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