改訂新版 世界大百科事典 「三十石艠始」の意味・わかりやすい解説
三十石艠始 (さんじっこくよふねのはじまり)
歌舞伎狂言。時代物。初世並木正三作。1758年(宝暦8)12月大坂角の芝居初演。5幕。当時土木治水家として有名な河村瑞賢をモデルに,淀川の治水を背景に花光(はなみつ)左衛門の刃傷,切腹,家臣神道源八とその一家が苦心の末に主人の敵を討つ物語。仇討狂言の変形。膨大複雑で,かつ入り組んだ構造をもつ芝居であるが,一つ一つの場面は,簡潔なセリフと,よく描かれた人間の姿があざやかである。様式に頼らず,素朴なタッチで人間を描き,観客の人情に訴えつつ,それを見世物的な芸にしていくバイタリティ溢れる感覚は,現在の歌舞伎の洗練された感覚とは全く異なる。また,どんでん返しに次ぐどんでん返しで,観客の意表を衝く趣向にみちていて,江戸中期の芝居の野放図な活力がよく伝わる作品。作者の並木正三は,この作品で回り舞台を発明したと伝えられている。しかし現在では,回り舞台の原形はすでに地芝居やその他の芸能に存在していて,それを正三が,この作品で初めて歌舞伎の大劇場へ導入したという説が有力。回り舞台に限らず,序幕の大内の刃傷,大詰の淀川水車の仇討は,情景を変えるため大道具を移動させる引道具その他を使った大スペクタクルで,正三はそのために劇場内部の設備を大改造したらしく,その意味でまさに演劇史上画期的な作品であった。
→回り舞台
執筆者:渡辺 保
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報