夏目漱石(そうせき)の長編小説。1908年(明治41)9月1日より同12月29日まで、東京・大阪の両『朝日新聞』に同時に連載。熊本の高等学校を卒業した小川三四郎が文科大学に入学のため上京してくるところから小説は始まる。老いた母の住む田舎(いなか)を背後に振り捨てた気の三四郎は、東京で、「偉大なる暗闇(くらやみ)」と評される広田先生から思想や学問の深さを教えられ、勝ち気で美しい里見美禰子(みねこ)から青春のきらびやかな世界に誘われる。友人の佐々木与次郎(よじろう)も軽薄な言動なりに三四郎を啓発するところが多かった。文科大学の四季を背景に、多感な青春の哀感と、そのゆえの「迷へる羊」に似た危うさを描いた作品で、日本の近代文学にはまれな青春小説として多くの読者を集めている。「無意識の偽善家」を描いたという美禰子のモデルに、森田草平と心中未遂を演じた平塚らいてうを擬する説もある。日本は亡(ほろ)びる、囚(とら)われては駄目(だめ)だなど、広田に托(たく)された文明批評も辛辣(しんらつ)である。
[三好行雄]
『『三四郎』(岩波文庫・旺文社文庫・角川文庫・講談社文庫・新潮文庫)』▽『三好行雄著『鴎外と漱石』(1983・力富書房)』
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…入社第1作《虞美人草》は,一文を草するのに俳句を一句ひねるがごとき苦心を重ね,美文に陥る嫌いはあるが,一見古めかしい勧善懲悪の意匠の下に卓抜な文明批評をおこなっている。つづく《三四郎》(1908),《それから》(1909)では文明批評とからませた人間の存在追求に深さを増し,《門》(1910)にいたって片隅に生きる男女の日常を描いて,澄んだ静謐(せいひつ)な形而上的感触を暗示する作風を示した。しかしこの年の8月,宿痾の胃潰瘍から転地療養先で大吐血をし,生死の境を彷徨した。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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