上田三四二(読み)ウエダミヨジ

  • 1923―1989
  • うえだみよじ〔うへだ〕
  • 上田三四二 うえだ-みよじ

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

1923-1989 昭和時代後期の歌人,評論家。
大正12年7月21日生まれ。内科医として病院に勤務のかたわら,短歌,文芸評論,小説などを発表。癌(がん)とのながい闘いのなかで命をみつめ,澄んだ境地の作品を生み,深い洞察力にもとづく批評をおこなった。昭和62年芸術院賞。平成元年1月8日死去。65歳。兵庫県出身。京大卒。歌集に「湧井」「遊行」,評論に「この世この生」,小説に「惜身命」など。
【格言など】たすからぬ病と知りしひと夜経てわれよりも妻の十年(ととせ)老いたり(「湧井」)

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

歌人、小説家、文芸評論家。兵庫県生まれ。京都帝国大学医学部卒業。京都帝国大学病院に勤務のかたわら歌誌『新月』に加わり作歌を始める。1961年(昭和36)に『斎藤茂吉(もきち)論』により群像新人文学賞受賞。あわせて『逆縁(ぎゃくえん)』が小説部門最優秀作となる。1966年、43歳のとき結腸癌(がん)を手術、以後長い闘病生活に入る。この大患が生涯の転機となり、死と直面したことで、感覚も思想もいっそうの深化を果たし、「魂の浄化」を短歌によって志すことになる。1968年に「佐渡玄冬」により短歌研究賞受賞。1975年に第三歌集『湧井(わくい)』により迢空(ちょうくう)賞を、評論集『眩暈(げんうん)を鎮(しず)めるもの』により亀井勝一郎賞を受賞。1979年には『うつしみ この内なる自然』が平林たい子賞を受賞、人間の生死を自然の内にとらえる独特な自然観を明確にした。晩年は病が再発し入退院を繰り返すなかで、正への清冽な祈りともいうべき「心声、事物、一如」の歌境に至る。日本人の死生観、自然観を追求した三四二の文学の結実である。

[日高堯子]

 ちる花はかずかぎりなしことごとく光をひきて谷にゆくかも

『『上田三四二全歌集』(1990・短歌研究社)』『浅井清他編『研究資料現代日本文学 第五巻』(1981・明治書院)』

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

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