マルクス主義の社会理論ひいては歴史理論における基本概念の一つ。下部構造(土台)Basisと対概念をなす。唯物史観(史的唯物論)においては〈人々が生の社会的生産において入り込む一定の,必然的な,彼らの意思から独立な諸関係〉すなわち〈物質的な生産諸力の一定の発展段階に照応する生産諸関係〉の一総体,この〈社会の経済的構造〉を下部構造と呼ぶ。そして,この土台の上に〈法制的,政治的な上部構造が立ち,また,当の土台に一定の社会的意識諸形態が照応する〉という構図で社会を構造的にとらえる。土台と上部構造(原義は〈上層建築物〉)というこの比喩的な把握の眼目は,社会編制の基幹は経済的構造であること,社会の存在を究極的に規定するものは,政治的・法律的な制度,いわんや,宗教・芸術・学問といった意識形態ではなく,あくまで物質的生産の場における経済的編制であることの洞察にある。この洞察にもとづくことによって,唯物史観は,従前のもろもろの観念論的な歴史観を退け,また,政治を歴史的発展の駆動力とみる政治史観や英雄史観などをも退け,さらには,風土・地理史観をも退けつつ,固有の歴史観を確立するゆえんとなっている。
上部構造という概念は,しかし,マルクス本人においても用語法が必ずしも一定ではない。先の引用(これは《経済学批判》(1859)の序文におけるいわゆる〈唯物史観の公式〉からのもの)にみられるように政治的・法制的な次元だけを上部構造と呼び,社会的意識諸形態をこれとは別枠に置く表現をとっている場合もあるが,〈特有な仕方で整形されたさまざまな感覚・幻想・思考様式・人生観からなる全上部構造〉(《ルイ・ボナパルトのブリュメール十八日》1852)というようにいっさいの意識形象を上部構造に算入している場合もある。マルクスは上部構造に属するものを例示するさい,どの文典においても,科学や技術を挙げてはいない。この事実は,マルクスのある躊躇をうかがわせはするが,下部構造と上部構造とを二分的に区画するかぎり,いっさいの精神文化的形象を上部構造に入れるのが彼の発想に整合すると思われる。しかし,上に指摘した用語法の不統一が現に見られるゆえんでもあるが,マルクス本人としては上部構造という言葉を必ずしも十全な自覚をもって術語的に用いているわけではない。
なお,スターリンの《マルクス主義と言語学の諸問題》(1950)におけるある立論が機縁になって,言語や科学は上部構造には属さない(もちろん下部構造にも所属しない)という議論が,一時期有力になった経緯もあり,マルクス主義者たちのあいだでも,上部構造という概念は確定的に定義されるには至っていない。
→史的唯物論
執筆者:廣松 渉
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史的唯物論(マルクス主義社会科学)の立場から、土台ないし下部構造に対応していわれる概念。上部構造とは、さまざまな社会制度、および、法律・政治・宗教・哲学・イデオロギー等として存在する社会的意識諸形態を包含する概念であるが、これらはすべて国家において総括されている。上部構造は、最終的には、社会の経済的構造である土台によって決定されるといわれる。もっとも、これは一方的な決定関係ではなく、土台と上部構造とは弁証法的相互関係にあると主張される。現代では独占資本主義下における経済的構造としての国家制度の役割が比重を高め、また社会変革における意識性の契機の重要性がいわれる状況からしても、土台と上部構造とを機械的に区別することは、史的唯物論の現代的形態にそぐわない。この点では、アントニオ・グラムシが、両概念の区別を踏まえた有機的統一として提起した「歴史的ブロック」概念が注目される。史的唯物論の理論史では、科学的知識・言語・形式論理等が上部構造に属すか否か、属さないとすれば、土台による上部構造の規定にいかなる限定を設けるべきかなどについて論争があり、これらの論争問題は明確な決着がついていない。
[石井伸男]
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…(1)マルクス,エンゲルスのイデオロギー概念もまた多義的であるが,通常,広義のイデオロギー概念と狭義のイデオロギー概念があるといわれる。広義のそれは物質的な生産諸関係,いわゆる〈土台〉あるいは〈下部構造〉によって規定され,そのうえにそびえ立つ〈上部構造〉のことを意味しており,このなかには〈法律的および政治的な上部構造〉,つまりさまざまな社会制度や〈イデオロギー的権力〉としての国家なども含まれる。一方,狭義のそれは〈いっそう物質的・経済的基礎から遠ざかっている〉ものの,こうした基礎や法律的・経済的上部構造に照応する観念や社会的意識のことを指しており,ここには哲学,宗教,道徳,芸術などの観念形態が含まれる。…
…〈人々はその生の社会的生産において,一定の,必然的な,彼らの意思から独立な諸関係,すなわち,物質的生産諸力の一定の発展段階に照応する生産諸関係に入り込む。この生産諸関係の総体が社会の経済的構造,実在的な土台を成し,これのうえに法制的・政治的な上部構造がそびえたち,またそれ(土台)に一定の社会的意識諸形態が照応する。物質的生活の生産様式が,社会的・政治的・精神的な生活過程全般を制約する。…
…それらのうちの主要なものについて,以下に略述を試みよう。 マルクスによって定式化された史的唯物論の基礎概念として,〈下部構造〉対〈上部構造〉という対概念がある。この対概念は,ドイツ語ではUnterbau,Überbauというように建築物のアナロジーに由来すると思われるBauという語によって表現されているが,英語ではこれにstructureの語をあてることに示されているようにこれも一種の構造概念である。…
※「上部構造」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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