犯罪の実行に着手しながら結果発生に至らなかった場合のうち,たまたま結果が発生しなかったにすぎない場合は未遂が成立するが,結果の発生がもともと不可能であれば未遂は成立しない。このように,結果を発生させることがそもそも不可能であるために未遂犯さえ構成せず罰せられない行為を不能犯(または不能未遂)という。例えば,人の毒殺をはかったところ,使用した毒物の量が致死量に達していなかったために,相手を殺害するに至らなかったという場合には,殺人未遂が成立するが,相手をのろい殺そうとして行う丑(うし)の時参りによっては人を殺すことはできないから,この場合は不能犯であり,犯罪(未遂)は成立しない。
丑の時参りのような迷信犯が不能犯であり,犯罪を構成しないことは明らかであるが,不可罰な不能犯と可罰的な未遂犯の限界をどのように画するかは争われている。犯罪構成要件要素の存否等により形式的に判断しようとする〈事実の欠如〉(または構成要件の欠缺(けんけつ))の理論も主張されているが,多くは,未遂を処罰する実質的根拠をまず問題とし,それが認められないときに,不能犯であるとする。その見解は,基本的には,行為者に故意が存在する限り未遂犯の成立を認める主観説と,結果発生の客観的危険性が発生したときにはじめて未遂犯の成立を認める客観説とに分かれる。前者は,行為者の意思それ自体または犯行の意思を有する行為者の危険性等を未遂処罰の根拠とするものであるが,これに対しては,法益侵害・危険が現実に発生したときにはじめて刑法の介入が許される,という立場からの批判が強い。結果発生の危険性の有無を基準とする見解も,その危険性の内容の理解のしかたによってさらに分かれる。学説では,一般人が危険を感ずるか否かを基準とする見解が有力であるが,一般人の危険感という基準はあいまいであり,結果発生の科学的可能性を考慮すべきだとする見解も主張されている。判例は,結果発生の危険性を客観的に判断しようとする傾向がある。例えば,硫黄粉末によって人を殺害しようとした事案について殺人未遂の成立を否定したことがある(傷害罪の成立は認めた)。もっとも,判例によっても,無一文の者に対しても,窃盗(または強盗)未遂が成立することは認められている。
執筆者:山口 厚
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行為者は犯罪的結果を発生させる意思で行為をしているが、その行為の性質上、結果を発生させることがおよそ不可能であり、未遂犯としても処罰できない場合をいう。したがって「不能犯」という特殊な犯罪があるわけではなく、未遂犯の限界を確定するための概念にすぎない。たとえば、砂糖に殺人力があると信じて相手に砂糖水を飲ませるような場合がこれにあたる。なお、不能犯のうち、たとえば人を呪(のろ)い殺そうとする場合などは、迷信とも知らず犯罪を実現しようとするから、「迷信犯」とよばれる。
未遂犯と不能犯との区別をめぐり見解が分かれる。犯罪の成否につき行為者の意思など主観を重視する立場からは、行為者が犯罪を犯す目的でなんらかの行為に出ている以上未遂犯として処罰され、先の迷信犯の場合を除き不能犯を認める余地は少ない(主観説)。これに対し、行為自体のもつ客観的な危険性を重視する立場では、行為者が犯罪を犯す意思をもっていても、行為が犯罪的結果を発生させる危険性を有していない以上不能犯にすぎず、未遂犯を認める余地はないものと解される(客観説)。ただ、この客観説のなかにも、「危険性」の存否を判断するにあたり、どのような事情を基礎としてこれを判断すべきかなどをめぐりさらに見解が分かれる。なお、わが国の判例や一部の学説は、行為により一般的に結果が発生しない絶対的不能と、特別の事情からたまたま結果が発生しなかったにすぎない相対的不能とを区別し、前者のみを不能犯、後者を未遂犯と解している。
[名和鐵郎]
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(2016-11-1)
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…このような場合には,結果の発生を防止すべき法的作為義務の根拠となる事情を考慮して,問題になっている不作為が,当の構成要件の作為による実現と同視しうるものであり,当の構成要件に該当する行為としての〈実行行為〉といえる場合にのみ,不真正不作為犯(たとえば,不作為による殺人罪)の成立を認めることができるのである。 〈実行行為〉に当たるものが存在しない場合として,たとえば〈不能犯〉がある。不能犯とは,行為がその性質上結果を発生させることのおよそ不可能なものであり,未遂犯として罰せられることはない。…
※「不能犯」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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