狭義には刑法204条〈人の身体を傷害した者は,10年以下の懲役又は30万円以下の罰金若しくは科料に処する〉の規定する犯罪をいうが,広義でこれを含めて刑法が第27章(204条~208条の2)〈傷害の罪〉として規定する犯罪をいう場合もある。〈暴力行為等処罰ニ関スル法律〉(1条~1条ノ3)は,集団的暴行,凶器による傷害,常習暴行・傷害を加重して処罰している。
傷害罪が成立するためには傷害結果が生ずることを要するが,判例は,人の生理的機能の障害によってその健康状態を不良に変更することが傷害であるとし(生理機能障害説),身体的・精神的病気の惹起がこれにあたるとするが,人の頭髪を切断する行為は健康状態を不良にすることがないので傷害ではないとしている。学説には,毛髪,鬚,眉,爪の切除など,生理機能を侵害することなく外貌に変化をもたらす場合も傷害であるとする〈身体の完全性侵害説〉も有力である。
傷害罪は,暴行罪(刑法208条)の結果的加重犯も含むというのが判例・通説である。これは,〈暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったとき〉暴行罪として処罰されるという同条の文言の反対解釈による。つまり,暴行の意思をもって暴行を加えた結果,傷害を生じた場合は,傷害の意思がなくても傷害罪が成立することになる。これに対し,暴行によらずに,あるいは暴行の故意なしに傷害結果を招致した場合には,結果的加重犯としての傷害罪は成立しないから,傷害の故意があった場合以外は過失傷害罪(209条,211条。〈過失致死傷罪〉の項参照)が成立するにとどまる。
傷害致死罪(刑法205条1項。身体傷害によって人を死に致す罪。刑は2年以上の有期懲役)は傷害罪の結果的加重犯である。したがって,傷害とその故意があった場合のほか,暴行とその故意があったにとどまる場合も含まれることになる。それら以外の場合は過失致死罪(210条,211条)が成立するにとどまる。被害者が自己または配偶者の直系尊属である場合には,一般の傷害致死より刑が加重されていた(旧205条2項。無期または3年以上の懲役)。尊属殺人罪(旧200条)におけるほどの重い法定刑を規定しているわけではないから,この尊属傷害致死罪の規定は違憲ではないというのが最高裁判所の判例であったが,学説には憲法14条(法の下の平等)に違反するという見解のほうが多く,1995年に205条2項も削除された。
共犯関係にない2人以上の者が暴行を加えて傷害結果を生ぜしめた場合において,行為者がそれが自己自身の暴行による結果でないことを立証しない限り,傷害罪として処断される(207条)。この同時犯の特則は,挙証責任を被告人の不利益に転換するものであり,〈疑わしきは被告人の利益に〉の原則に反して違憲ではないかとの疑問もある。また,最高裁判所は,死の原因となった傷害がだれの暴行から生じたか不明なときにも,その傷害結果に関して本条が適用されるとしているから,その場合,各人とも傷害罪の結果的加重犯としての傷害致死罪として処断されることになる。これに対して傷害者は明らかであるが,どの傷害から死の結果が生じたか不明な場合には本条適用の余地はないから,いずれの行為者も傷害致死罪として処断することはできない。
傷害罪・傷害致死罪の現場において勢を助けた者は軽く処罰される(206条)。刑は1年以下の懲役または10万円以下の罰金もしくは科料。判例は,この現場助勢罪は共犯ではない行為についてだけ成立し,従犯が成立しているときはそちらが処罰されるとしている。この考え方によるなら,本罪が成立することはきわめてまれなこととなる。そこで,勢を助けるという幇助(ほうじよ)行為が現場で行われたときは本罪であって,従犯ではないという見解も有力である。
他人の生命,身体,財産に対して共同して害を加える目的で2人以上の者が集合した場合に,凶器を準備し,またはその準備あることを知って集合した者は2年以下の懲役または30万円以下の罰金に処せられる(208条の2-1項)。この場合,人を集合させた者は重く処罰される(3年以下の懲役。同条2項)。前者を凶器準備集合罪,後者を凶器準備結集罪といい,暴力犯対策の一環として1958年に新設されたものである。
執筆者:町野 朔
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
他人の身体を傷害する罪で、15年以下の懲役または50万円以下の罰金に処せられる(刑法204条)。「傷害」の意義については、(1)人の身体の完全性を害することと解する説、(2)人の生理的機能(または健康状態)を害することと解する説、(3)人の生理的機能を害することのほか、身体の外貌(がいぼう)に著しい変化を与えることと解する説、の3説がある。いずれの説においても、外傷、骨折、病気の悪化、めまいや嘔吐(おうと)など生理的機能の侵害がこれにあたることは同じであるが、たとえば、頭髪や髭(ひげ)を切除するなど、人の身体の外貌に変化を与えたにすぎない場合が問題となる。判例は、頭髪や髭を切断・剃去(ていきょ)する行為は「直ちに健康状態の不良変更」をもたらさないとの理由で、傷害罪ではなく暴行罪(同法208条)にすぎないと解していた。これに対し、先の(2)や(3)の立場からは、この種の行為も程度が著しい場合には、本罪が成立するものとの批判がある。
刑法が暴行罪につき「暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったとき」(208条)と規定しているところから、傷害罪の故意に関し、(1)傷害の故意を要すると解する故意犯説、(2)暴行罪の結果的加重犯であるから、暴行の故意があれば足り、傷害の故意を要しないとする結果的加重犯説、(3)故意犯が原則であるが、結果的加重犯でもあるとする折衷説、の3説がある。このうち、従来の通説・判例は結果的加重犯説にたっていたが、今日では、むしろ(3)の折衷説が通説的見解となっている。この折衷説によれば、傷害罪が成立するためには原則として、傷害の故意を要するが、暴行の意思で人を傷害する場合も刑法第208条により本罪にあたるものと解される。
なお、刑法には、傷害罪につき、次のような特例がある。まず、刑法第206条は、傷害罪または傷害致死罪の犯行現場において、単に「勢いを助けた」行為、たとえば、弥次馬(やじうま)的にことばや動作で声援を送る場合を、傷害現場助勢罪として、1年以下の懲役または10万円以下の罰金もしくは科料に処している。次に、刑法第207条は、「2人以上で暴行を加えて人を傷害した場合において、それぞれの暴行による傷害の軽重を知ることができず、又はその傷害を生じさせた者を知ることができないときは、共同して実行した者でなくても、共犯の例による」と規定している。これが「同時傷害」であり、同時暴行により人を傷害した場合を、立証の困難さを考慮して、傷害の共同正犯として処罰する特例である。なお、暴行につき意思の連絡がある場合には、刑法第60条の共同正犯として処理される。
[名和鐵郎]
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