日本大百科全書(ニッポニカ) 「中国婚姻法」の意味・わかりやすい解説
中国婚姻法
ちゅうごくこんいんほう
中華人民共和国(中国)で施行されていた婚姻・家族に関する法律。中国の婚姻法は、婚姻の成立、解消および婚姻の効力すなわち夫婦間の権利義務等の婚姻関係だけではなく、婚姻によって生ずる家族の関係を規律対象とした法律であった。狭義の婚姻法ではなく、親子法も含む、いわゆる婚姻家族法としての内容を有していた。2021年、中国民法典に統合され、本法は廃止された。
[國谷知史 2022年7月21日]
50年法から80年法へ
最初の婚姻法は、中華人民共和国の建国(1949年10月1日)からまもない1950年5月1日に公布施行され、同年6月の土地改革法、労働組合法とともに建国期の「三大立法」と称された。三大立法はいずれも中国社会の民主主義革命を目的としていたが、婚姻法は儒教道徳に基づく家父長制の家族制度を廃止し、「新民主主義の婚姻制度」を樹立するものであった。
その後、婚姻法は1980年9月に新たに制定され、2001年4月に改正された。1979年に始まり現在に至る経済改革・対外開放の時代の幕開けの時期に制定されており、その基本原則において、「婚姻自由」「一夫一婦」「男女平等」「女性と子供の権利保護」など基本的に50年婚姻法の原則を受け継ぎながら、「老人の権利保護」と「計画出産の実行」を追加することによって新しい時代の婚姻法であることを示した。その後、改革・開放政策の展開の結果、社会とりわけ家族に大きな変動が生じ、新たな問題が提起されるようになって、2001年の改正となったのである。
[國谷知史 2022年7月21日]
中国婚姻法の構成
80年婚姻法の構成は、第1章総則、第2章結婚、第3章家庭関係、第4章離婚、第5章救助措置および法的責任、第6章附則、の全6章、計51条からなる。第1章では法の定義と基本原則、第2章では婚姻の成立要件と無効・取消、第3章では婚姻の効果、第4章では婚姻の解消、第5章では家庭内暴力と家庭構成員間の虐待・遺棄に対する救済措置と法的責任、第6章では民族自治地方における弾力的適用のための条例制定と婚姻法施行日、が規定されていた。中国婚姻法の婚姻家族関係に関する基本制度には日本法と共通する部分も多いが、婚姻の形式的成立要件である婚姻登記において実質審査が行われることや、婚姻の効果として夫婦財産関係で別産制ではなく婚後財産共有制(婚姻期間中に夫婦それぞれが得た所得・財産を夫婦の共同所有とする制度)が採用されていること、夫婦別姓制度であること等、大きな違いもみられた。
[國谷知史 2022年7月21日]
中国婚姻法の特色
基本原則は、(1)婚姻の自由、(2)一夫一婦制、(3)男女平等、(4)女性・子供・老人の権利保護、(5)計画出産の実行、である。(1)~(3)が近代法の基本原則であり、これに(4)の社会的弱者の特別保護という現代法の要請が付加され、さらに人口超大国の特殊事情に由来する原則の(5)が設けられていた。
これら基本原則は、第2章以下のさまざまな条項に具体化されているが、とりわけ(4)と(5)によって中国的特色が形成されていた。
まず「女性・子供・老人の権利保護」の原則は、妻の妊娠期間中・分娩(ぶんべん)後1年以内・妊娠中絶後6か月以内の夫からの離婚申請を禁止する規定(34条)や、離婚時の財産分割をめぐって当事者の協議が調わないときに裁判所が「子供と女性の側の権利に配慮する原則」にのっとって判決するとする規定(39条)、あるいは嫡出子と非嫡出子の区別がないだけでなく、養親子(ようしんし)関係および継親子(けいしんし)関係に実親子(じつしんし)関係の規定を適用するとした規定(26条、27条)、祖父母に対する扶養義務規定(28条)、家庭構成員の虐待・遺棄を離婚原因とする規定(32条)または救済措置に関する規定(43条、44条)、等で制度化されていた。
次に「計画出産の実行」の原則は、50年婚姻法と80年婚姻法とを大きく分けるものとなっている。中国の計画出産推進政策は、いわゆる「一人っ子政策」として1970年代初めに登場して以来、世界的にみても特色あるものとなっているが、その内容は「晩婚、晩産、少生、稀生(きせい)、優生」というスローガンで示されているように多方面にわたる。ここで「晩産」とは出産を遅くすること、「少生」とは出産数を少なくすること(1人または例外的に2人)、「稀生」とは次子の出産までの間隔を開けること、である。このような50年婚姻法にはなかった「計画出産の実行」が80年婚姻法の基本原則として定められたことによって、婚姻法全般にわたりさまざまな影響がみられることになった。たとえば、計画出産が夫婦の義務として明記されていること(16条)は別としても、まず、婚姻適齢については、男22歳、女20歳と50年婚姻法に比べてそれぞれ2歳ずつ高くなっただけでなく、「結婚と出産の年齢を遅らせることを奨励する」と政策的な奨励規定が置かれた(6条)。地方の法規では、この晩婚年齢を男24歳、女22歳とするものが多い。次に、結婚が禁止される場合(婚姻障害)について、優生の観点から、近親婚を厳しく制限し、いわゆる「いとこ婚」を禁止し、また、「医学上結婚すべきではないとされる疾病を患っている場合」も結婚が禁止されることとなった(7条)。この面では1994年10月に母子保健法が制定され、婚前健康診断の制度など具体的な規定が設けられていた。さらに、社会的慣習として行われる「婿入り」を奨励する規定も置かれた(9条)。これは一人っ子が女性の場合に生ずるであろう親の危惧を取り除くためのものであった。なお、2001年12月には、計画出産に関する初めての法律である「人口および計画出産法」が制定され、婚姻法とともに計画出産法律制度の基本的な枠組みを形成していた。
[國谷知史 2022年7月21日]
2001年の大改正
改正婚姻法は、2001年4月に80年婚姻法を大幅に改正したものである。このときの改正の結果、「救助措置および法的責任」の章が第5章に追加され、全体の条文数で37条から51条へと14条増加した。
改正のポイントは、重婚、家庭内暴力、婚姻の成立要件と無効・取消、夫婦財産制度、離婚、老人の権利保護、の6点であった。
改正は、原則規定が多かった婚姻法の条文を裁判の基準として使いやすくするため裁判実務を踏まえて具体的で明確なものへと改正したり(婚姻の成立要件、夫婦財産制度、離婚)、必要な制度を新設したり(婚姻の無効・取消)したほか、社会の変化に対応して新しい制度が設けられた。すなわち、1990年代に加速する計画経済から市場経済への移行は、経済自由化をもたらしただけでなく、中国社会に変動を起こし、夫婦・家族関係にも変化を惹起(じゃっき)した。とりわけ1950年の婚姻法によって克服されたと思われていた伝統中国の家族(宗族)の負の遺産が意識面でも実態面でも農村社会を中心に一部復活して社会問題化した。重婚と家庭内暴力・家庭構成員間の虐待・遺棄がそうであり、婚姻法改正の重要なポイントとなった。
改正では、重婚については、それ自体を婚姻法で見直すことはせず、一夫一婦制に反するものとして、重婚禁止に続けて、「配偶者のある者が他人と同居することを禁止する」規定を加えた(3条)。家庭内暴力も同様に禁止する旨を追加し(3条2項)、ともに離婚の法定事由として明記され(32条3項)、これらを理由とした離婚において無責配偶者は有責配偶者に対して損害賠償を請求する権利をもつものとされた(46条)。
また、離婚理由の明記や損害賠償制度の新設だけでなく、第5章の「救助措置と法的責任」で、家庭内暴力や家庭構成員間の虐待・遺棄の被害者は、住民委員会、村民委員会または所属組織に制止勧告または調停を求めることができ、警察は、現に暴力が振るわれているとき、これを制止しなければならない等が定められた。家庭内暴力防止に関する制度が婚姻法で設けられたのである。
さらに、50年婚姻法の特徴であった法律の教育的役割も、改正にあたって再評価され、総則において「夫婦は、互いに忠実で、互いに尊重しなければならない」「家庭構成員の間では、老人を敬い、幼い子をかわいがり、互いに助け合い、平等で、仲睦(むつ)まじく、文明的な婚姻家庭関係を維持しなければならない」(4条)という道徳的規定も復活した。
このように中国婚姻法は、中国社会の現実と政策を反映しながら改正され適用されてきたが、2021年1月1日に中国民法典が施行されると同時に廃止された。
中国民法典の編纂(へんさん)にあたって、中国婚姻法と養子法(1991年12月制定、1998年11月改正)を併合して第5編「婚姻家族」としたからである。その際、計画出産関連規定や救助措置関連規定は、削除されている。
[國谷知史 2022年7月21日]