日本大百科全書(ニッポニカ) 「中国民法典」の意味・わかりやすい解説
中国民法典
ちゅうごくみんほうてん
中華人民共和国(中国)最初の民法であり、中国で初めて「法典」の名称をもつ法律である。正式名称は、中華人民共和国民法典。2020年5月に制定、2021年1月施行。
[國谷知史 2022年7月21日]
概要
1949年10月1日に中華人民共和国が成立する前は、中華民国が1929~1931年にかけて中華民国民法(総則、債権、物権、親族、相続)を公布・施行していたが、1949年2月に中国共産党が「国民党の六法全書を廃棄し、解放区の司法制度を確定することに関する指示」を出して中華民国のすべての法令を断絶したため、中華民国民法は中華人民共和国には継承されなかった。
中国民法典は、中華民国民法と同じく民法典と商法典をひとつの法典に統一する民商合一論(民商二法統一論)に基づいて編纂(へんさん)された、民事関係だけでなく商事関係も規律する基礎的・総合的な法律である。第1編「総則」、第2編「物権」、第3編「契約」、第4編「人格権」、第5編「婚姻家族」、第6編「相続」、第7編「権利侵害責任」(「不法行為」とする訳もある)の7編および附則からなり、条文数は合計1260条である。2020年5月28日に第13期全国人民代表大会(全人代)第3回会議で採択され、同日公布、2021年1月1日から施行されている。
中国民法典は、1980年代以降の改革・開放政策のもとで立法された中国婚姻法(1981年1月1日施行)、相続法(1985年10月1日施行)、民法通則(1987年1月1日施行)、養子法(1992年4月1日施行)、担保法(1995年10月1日施行)、契約法(1999年10月1日施行)、物権法(2007年10月1日施行)、権利侵害責任法(2010年7月1日施行)、民法総則(2017年10月1日施行)に改正を加え、足りない部分を補ってひとつの法律にまとめたものであり、これらの法律は、中国民法典の施行と同時に廃止されている。また、他の法律、法規、司法解釈などについても中国民法典と抵触しないように法規整理が行われた。
中国民法典の第1条は、立法目的のなかで「中国の特色ある社会主義の発展の要求に適応し、社会主義の核心的価値観を発揚(する)」と定めているが、この規定から明らかなように、中国民法典は中国の社会主義制度を構成する「社会主義民法」であり、資本主義民法とは本質的に異なる。そのことがはっきりわかるのは、社会主義制度の根幹をなす所有権制度を定めている物権編においてである。第206条は「社会主義基本経済制度および社会主義市場経済」に関する規定であり、「公有制を主体とした多種の所有制経済」と「労働に応じた分配を主体とした多種の分配方式」と「社会主義市場経済制度」を内容とする「社会主義基本経済制度」の堅持と整備を定めている。
[國谷知史 2022年7月21日]
構成
中国民法典は、ドイツや日本の民法典と同じくパンデクテン方式によって体系化され、総則または通則・一般規定をおいている。編の構成では、総則、物権、債権、親族、相続ではなく、総則、物権、契約、人格権、婚姻家族、相続、権利侵害責任(不法行為)となっている。債権の発生原因のうち契約と権利侵害責任を編として独立させ、債権編は設けていない。債権総則および事務管理と不当利得については、一般的な規定は総則編におき、具体的な規定は契約編で定めている。契約編の第3分編「準契約」では事務管理と不当利得を規定している。また、人格権を新たな編として追加し、特色ある民法構成となっている。
各編は、基本的に編―章―節で構成されるが、第2編「物権」と第3編「契約」では編の下に分編がおかれ、編―分編―章―節で構成されている。ただし、分編で編が区分されていても、章の番号は編のなかで通し番号となる。
第1編「総則」は、基本規定、自然人、法人、非法人組織、民事権利、民事法律行為、代理、民事責任、訴訟時効、期間計算の10章からなり、第1条から第204条までの204条である。
第2編「物権」は、通則、所有権、用益物権、担保物権、占有の5分編に分けられ、20章からなり、第205条から第462条までの258条である。
第3編「契約」は、通則、典型契約、準契約の3分編に分けられ、29章からなり、第463条から第988条までの526条である。
第4編「人格権」は、一般規定、生命権・身体権および健康権、氏名権および名称権、肖像権、名誉権および栄誉権、プライバシー権および個人情報保護の6章からなり、第989条から第1039条までの51条である。
第5編「婚姻家族」は、一般規定、結婚、家族関係、離婚、養子縁組の5章からなり、第1040条から第1118条までの79条である。
第6編「相続」は、一般規定、法定相続、遺言相続および遺贈、遺産の処理の4章からなり、第1119条から第1163条までの45条である。
第7編「権利侵害責任」は、一般規定、損害賠償、責任主体の特別規定、製造物責任、自動車交通事故責任、医療損害責任、環境汚染および生態破壊責任、高度危険責任、飼育動物損害責任、建築物および物件損害責任の10章からなり、第1164条から第1258条までの95条である。
附則は、第1259条と第1260条の2条で法律用語の意味と施行日・旧法廃止を規定している。
[國谷知史 2022年7月21日]
特徴
中国民法典の特徴として、人格権編の新設のほか、おもに次の点を指摘できる。
第1に、基本原則として平等、自由意思、公平、誠実信用、公序良俗に加えて、民事活動は「資源節約・生態環境保護に有利でなければならない」というグリーン原則を定めている(総則編第1章「基本規定」)。
第2に、総則編は、民法通則の構成を継承して民事権利と民事責任の章をおいている(総則編第5章・第8章)。民事権利の章では、民法典各則および民商事特別法の規定に根拠を与えるものとして、各権利の定義や原則などが定められている。
第3に、所有権を国家所有権、集団所有権、私的所有権に分類している(物権編第2分編「所有権」)。とくに土地は私的所有が認められず、都市の土地は国家所有、農村の土地は村を単位とした農民の集団所有となる。
第4に、用益物権には、土地公有制に基づいた中国独自のものが多い(物権編第3分編「用益物権」)。農村の集団所有地の請負経営に関する土地請負経営権、国家所有地の開発・建設に関する建設用地使用権、集団所有地の宅地に関する宅地使用権のほか、他人の住宅に居住する居住権などが規定されている。
第5に、典型契約は、民事契約と商事契約の別なく、売買契約、電力・水・ガス・熱力供給使用契約、贈与契約、金銭貸借契約、保証契約、賃貸借契約、ファイナンスリース契約、ファクタリング契約、請負契約、建設工事契約、運送契約、技術契約、寄託契約、倉庫保管契約、委任契約、不動産管理サービス契約、取次契約、仲立契約、パートナーシップ契約が規定されている(契約編第2分編「典型契約」)。
[國谷知史 2022年7月21日]
制定の経緯
中華人民共和国の成立後、中華民国法を完全に断絶したことから法制度の整備が国家の喫緊の課題となり、1954年9月に憲法が公布された後、民法制定への取り組みが始まった。それから2020年5月28日に中国民法典が公布されるまでの間に、民法の起草活動は5回行われている。
第1回目(1954~1957年)・第2回目(1962~1964年)・第3回目(1979~1982年)は、1980年代まで存在したソ連・東ヨーロッパの社会主義国・人民民主主義諸国の民法理論と立法経験を参考としたものであった。第1回目は、1956年から1957年にかけて民法典の総則編、所有権編、債権編の草稿が作成され、1958年に相続法(草稿)が作成されたが、1957年に始まる反右派闘争と整風運動によって頓挫し終了した。第2回目は、1964年に総則、財産の所有、財産の流通の3編からなる民法草案(試擬稿)が作成されたが、四清運動(1963~1966年、政治、経済、組織、思想の四つを浄化しようとする階級闘争運動で文化大革命に発展した)によって頓挫し終了した。
第3回目の民法起草活動は、改革・開放政策が掲げられた直後、法制度整備の一環として1979年11月に着手され、1982年5月に、民法の任務と基本原則、民事主体、財産所有権、契約、知的成果権、財産相続権、民事責任、その他の規定の8編からなる民法草案(第4稿)がつくられたところで中断した。社会の実態だけでなく政策面・理論面で民法を制定する条件が熟していないことから、民法を構成する各分野の単行法を先に制定していく道が選択されたのであった。
第1回目と第3回目の民法草案は、当時の社会主義民法を継受したため、家族法(親族法)を民法から除外し、物権ではなく所有権を規定し、民事主体は自然人ではなく市民とし、時効は訴訟時効とするという共通の特徴を備えていた。
第4回目(1998~2002年)と第5回目(2015~2020年)の民法起草活動は、ソ連・東ヨーロッパの社会主義体制が1990年前後に崩壊し、中国が1992年に計画経済から市場経済への移行を決定したのちに行われた。1980年代までの伝統的な社会主義民法の枠組みから解放され、近・現代資本主義諸国の民法を参考にして進められた。
第4回目は、1998年1月に民法起草作業グループが編成されて始まった。中国人民大学、中国政法大学、中国社会科学院から提出された三つの案が議論されたのち、2002年12月の第9期全人代常務委員会第31回会議に総則、物権法、契約法、人格権法、婚姻法、養子法、相続法、権利侵害責任法、渉外民事関係法律適用法の9編からなる民法(草案)が提出され審議されたが、時期尚早として審議未了のまま棚上げとなった。
第5回目は、2014年10月の中国共産党第18期中央委員会第4回全体会議が「法に依拠した国家統治の全面的推進における若干の重大問題に関する決定」で民法典編纂を明示したことに始まる。翌年3月に全人代常務委員会法制工作委員会が、総則と各則に分けて「2段階で進める」方針にのっとって、民法典編纂活動を開始した。第1段階の総則については、中華人民共和国民法総則が2017年3月15日に第12期全人代第5回会議で採択、同日公布、同年10月1日に施行された。第2段階の各則については、2018年8月に民法典各則(草案)が全人代常務委員会に提出されたのち、繰り返し審議が行われ、翌年12月には総則・各則(草案)を併合した民法典(草案)が作成された。こうして2段階を経て編纂された民法典(草案)は、第13期全人代第3回会議に上程され、2020年5月28日に採択され、同日公布、2021年1月1日から施行されたのである。
[國谷知史 2022年7月21日]