中村伝九郎(読み)なかむらでんくろう

改訂新版 世界大百科事典 「中村伝九郎」の意味・わかりやすい解説

中村伝九郎 (なかむらでんくろう)

歌舞伎俳優。4世中村勘三郎の後名に始まり6世まである。初世が最も名高く,2世がこれに次ぐ。(1)初世(1662-1713・寛文2-正徳3) 初世中村勘三郎長男勘九郎の子。俳名舞鶴。4世中村勘三郎として7年勤めた座元を1684年(貞享1)に3世勘三郎の子竹松に譲り伝九郎と改名。以後江戸の御隠居と呼ばれる。所作事にも秀でたが特に荒事系の劇術に名声を得,初世市川団十郎,初世中村七三郎とともに元禄期江戸劇壇において三幅対の名人と賞される。奴丹前(やつこたんぜん)を能くし,彼の工夫になる〈朝比奈〉には元禄の時代性を示す荒々しくかつおおどかな滑稽があり,奴荒事の真髄が示されている。糸鬢,鎌髭猿隈,せりふのモサ詞,ならびに素袍の鶴の丸の定紋は今も朝比奈の型として残る。(2)2世(1719-77・享保4-安永6) 6世勘三郎の次男。伯父である初世伝九郎の三十三回忌に当たる1745年(延享2)11月に伝九郎を襲名。初世の当り役を受け継いだ奴丹前や実事の立役を得意とし,宝暦期(1751-64)に活躍した。75年(安永4)に8世勘三郎を襲名し,3年間座元を勤めた。(3)6世(1859-1923・安政6-大正12) 尾上梅鶴,初世中村芝鶴を経て,血縁関係はなかったが,中絶していた名跡を1919年5月に再興し,伝九郎を襲名した。
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日本大百科全書(ニッポニカ) 「中村伝九郎」の意味・わかりやすい解説

中村伝九郎
なかむらでんくろう

歌舞伎(かぶき)俳優。

服部幸雄

初世

(1662―1713)初世中村勘三郎の長男勘九郎の子。1678年(延宝6)4世勘三郎を継いで7年間座元を勤めたのち、84年(貞享1)座元を譲り伝九郎と改名、俳優専門となった。88年(元禄1)3月中村座曽我(そが)狂言で勤めた朝比奈(あさひな)の役が大好評で、彼のくふうした扮装(ふんそう)や猿隈(さるぐま)が現在まで型として伝承されている。また、奴荒事(やっこあらごと)の開山と称された。

[服部幸雄]

2世

(1719―77)6世勘三郎の次男。1745年(延享2)2世伝九郎を継ぐ。実事(じつごと)と荒事(あらごと)に優れた。75年(安永4)8世勘三郎となり、晩年の3年間だけ座元を勤めた。

[服部幸雄]

6世

(1859―1923)名古屋生まれ。1919年(大正8)初世中村芝鶴(しかく)から6世伝九郎を襲名。実事を本領とした器用な俳優で、敵(かたき)役、女方(おんながた)、老(ふけ)役も兼ねた。その養子2世中村芝鶴(1900―81)は大正・昭和の女方として活躍。

[服部幸雄]

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朝日日本歴史人物事典 「中村伝九郎」の解説

中村伝九郎(初代)

没年:正徳3.10.25(1713.12.12)
生年:寛文2(1662)
江戸前・中期歌舞伎役者。幼名勘太郎。俳名舞鶴。初代中村勘三郎の長男初代勘九郎の子。寛文7(1667)年江戸中村座で中村勘太郎の名で初舞台。延宝6(1678)年に4代目勘三郎を襲名して中村座座元となった。貞享1(1684)年3代目勘三郎の子竹松に座元を譲り,中村伝九郎と改名する。武道,荒事,所作事にすぐれ,「奴丹前の開山」と称された。特に,元禄らしい荒々しさと滑稽を含んだ朝比奈の役は「大磯通」を始め,「兵根元曾我」「けいせい浅間岳」などが大当たりで,彼の工夫による糸鬢,鎌髭,猿隈,素袍の鶴の丸紋,語尾に「だもさ」と付けるモサ詞は,朝比奈の型として今に伝わっている。小柄で物言いが固く,男性に好まれたという。伝九郎の名跡は,大正期の6代目まで続いた。<参考文献>『歌舞伎評判記集成』1・2期,『明和伎鑑』(『日本庶民文化史料集成』6巻)

(加藤敦子)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

新撰 芸能人物事典 明治~平成 「中村伝九郎」の解説

中村 伝九郎(6代目)
ナカムラ デンクロウ


職業
歌舞伎俳優

本名
祖父江 由三郎

生年月日
安政6年 7月14日

出身地
名古屋末広町(愛知県)

経歴
2代目尾上松緑の養子となったが、のち中村翫雀に入門、芝鶴を襲名。明治39年より新富座の座主となり、大正8年6代目伝九郎と改名した。実事が得意であったが、敵役、女形、老役も好演した。

没年月日
大正12年 7月20日 (1923年)

出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報

20世紀日本人名事典 「中村伝九郎」の解説

中村 伝九郎(6代目)
ナカムラ デンクロウ

明治・大正期の歌舞伎俳優



生年
安政6年7月14日(1859年)

没年
大正12(1923)年7月20日

出身地
名古屋末広町

本名
祖父江 由三郎

経歴
2代目尾上松緑の養子となったが、のち中村翫雀に入門、芝鶴を襲名。明治39年より新富座の座主となり、大正8年6代目伝九郎と改名した。実事が得意であったが、敵役、女方、老役も好演した。

出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「中村伝九郎」の解説

中村伝九郎(初代) なかむら-でんくろう

1662-1713 江戸時代前期-中期の歌舞伎役者,座元。
寛文2年生まれ。初代中村勘三郎の長男勘九郎の子。延宝6年4代中村勘三郎を襲名し7年間中村座の座元をつとめた。貞享(じょうきょう)元年3代勘三郎の子竹松(5代勘三郎)に座元をゆずって中村伝九郎と改名した。舞踊にすぐれ,奴荒事(やつこあらごと)の開山(かいさん)といわれた。当たり役は奴丹前(やっこたんぜん),朝比奈(あさひな)など。正徳(しょうとく)3年10月25日死去。52歳。江戸出身。初名は中村勘太郎(初代)。別名に猿若伝九郎。俳名は舞鶴。

中村伝九郎(6代) なかむら-でんくろう

1859-1923 明治-大正時代の歌舞伎役者。
安政6年7月14日生まれ。明治元年名古屋末広座で初舞台。3代中村翫雀(かんじゃく)の門にはいって中村芝鶴(しかく)と名のる。44年東京歌舞伎座の専属となり,大正8年名跡(みょうせき)を再興し6代伝九郎を襲名。実事を得意とした。大正12年7月20日死去。65歳。尾張(おわり)(愛知県)出身。本名は祖父江由三郎。初名は中村由丸(初代)。俳名は鬼斗,舞鶴。屋号は新駒屋。

中村伝九郎(2代) なかむら-でんくろう

1719-1777 江戸時代中期の歌舞伎役者,座元。
享保(きょうほう)4年生まれ。6代中村勘三郎の次男。享保18年子役で初舞台。延享2年2代伝九郎を襲名。奴丹前(やっこたんぜん)や実事を得意とした。安永4年に8代勘三郎をつぎ,中村座の座元をつとめた。安永6年11月15日死去。59歳。江戸出身。初名は中村勝十郎(初代)。俳名は銀杏,舞鶴,冠子。屋号は成田屋,柏屋。

中村伝九郎(4代) なかむら-でんくろう

1774-1799 江戸時代中期-後期の歌舞伎役者。
安永3年生まれ。3代大谷広次の養子で,安永8年江戸市村座で子役として初舞台。11代中村勘三郎の娘婿となり,寛政5年4代伝九郎を襲名。立役(たちやく),敵役,若女方をかねた。寛政11年8月28日死去。26歳。前名は大谷徳五郎。俳名は舞鶴。

中村伝九郎(3代) なかむら-でんくろう

中村勘三郎(なかむら-かんざぶろう)(11代)

中村伝九郎(5代) なかむら-でんくろう

中村勘三郎(なかむら-かんざぶろう)(12代)

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

367日誕生日大事典 「中村伝九郎」の解説

中村 伝九郎(6代目) (なかむら でんくろう)

生年月日:1859年7月14日
明治時代;大正時代の歌舞伎役者
1923年没

出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報

世界大百科事典(旧版)内の中村伝九郎の言及

【荒事】より

…元和偃武(げんなえんぶ)以来盛行した奴風俗・丹前風俗を模倣して成立した奴狂言を改革し,道外方(どうけがた)の奴芸を吸収して,六方と奴言葉を中心とする新しい奴の演技を創始したのが多門(たもん)庄左衛門。その庄左衛門の芸を受け継いだ初世中村伝九郎は,さらに,金平(きんぴら)浄瑠璃の主人公坂田金平の荒々しい武道の表現を介して,1688年(元禄1),《大磯通》に奴朝比奈を創始。これを嚆矢(こうし)とする。…

【中村勘三郎】より

…(3)3世(1649‐78∥慶安2‐延宝6) 1674年(延宝2)から5年間,座元を勤めた。(4)4世(1662‐1713∥寛文2‐正徳3) 3世早世後,1678年(延宝6)に勘三郎を襲名,7年間座元を勤めたが,84年(貞享1)中村伝九郎(初世)と改名,役者専門となり,元禄期(1688‐1704)を代表する立役となった。(5)5世(1666‐1701∥寛文6‐元禄14) 1684年(貞享1)に勘三郎を襲名し,18年間座元を勤め,元禄歌舞伎の最盛の時代を築きあげた一人である。…

※「中村伝九郎」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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