コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

中村歌右衛門(初代) なかむら うたえもん

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

中村歌右衛門(初代) なかむら-うたえもん

1714-1791 江戸時代中期の歌舞伎役者。
正徳(しょうとく)4年生まれ。17歳で役者となり,中村歌之助と名のった。寛保(かんぽう)2年歌右衛門と改名。京都,大坂,江戸で活躍し,敵役のなかで実悪とよばれる悪人の役を大成した。当たり役に日本駄右衛門,桑名屋徳蔵,山名宗全など。寛政3年10月29日死去。78歳。加賀(石川県)出身。姓は大関。通称は栄蔵。後名は加賀屋歌七俳名は一先(洗)。屋号は加賀屋

出典|講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて | 情報 凡例

朝日日本歴史人物事典の解説

中村歌右衛門(初代)

没年:寛政3.10.29(1791.11.24)
生年:正徳4(1714)
江戸中期の歌舞伎役者。加賀金沢の医師の子。本名大関栄蔵。俳名一洗。屋号加賀屋。初名中村歌之助。17歳で旅役者中村源左衛門に入門,敵役として各地を巡業。寛保2(1742)年に歌右衛門の名で京都早雲座に出演,好評を受けて以後5年間この地で活躍。次いで大坂で10年を経て40歳となった宝暦3(1753)年,並木正三の傑作「けいせい天羽衣」の^山名宗全役で大当たりをとり,翌春の評判記で上上吉の位付けとなる。同7年江戸下り,4代目市川団十郎などと共演,6年後帰坂して「秋葉権現廻船語」の日本駄右衛門役で当てる。以後江戸と上方で活躍,実悪で無類の名人と称賛された。一時座元を勤めたこともある。57歳の明和7(1770)年の芝居で,再び並木正三の作品「桑名屋徳蔵入船物語」の徳蔵で当たりをとる。安永8(1779)年評判記の位付けは大上上吉より功上上吉に進む。天明2(1782)年69歳で,名前を門人の敵役者中村東蔵に譲り,加賀屋歌七と名乗る。寛政1(1789)年以後舞台を退き,2年後に78歳の長寿で没した。容貌と体格,品位に恵まれ,凶悪な謀反人などの役に当たりが多い。山名宗全,日本駄右衛門,桑名屋徳蔵のほか,清玄,入鹿,権太,才原勘解由などで好評を受けた。<参考文献>伊原敏郎『近世日本演劇史』,守随憲治『歌舞伎序説』

(松平進)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について | 情報

中村歌右衛門(初代)の関連キーワード大谷 友右衛門(6代目)中村福助(成駒屋・4代)坂東三津五郎(3世)中村歌右衛門(6代)中村翫右衛門(1世)中村歌右衛門(1世)中村歌右衛門(2世)中村雀右衛門(1世)中村富十郎(2世)浅尾国五郎(4代)中村東蔵(初代)中村梅玉(初代)片岡市蔵(2代)中村梅玉(4世)中村鶴助(初代)中村東蔵(2代)中村芝翫(2代)金沢竜玉(2代)中村芝翫(1世)金沢竜玉(初代)

今日のキーワード

存亡の機

引き続き存在するかここで滅びてしまうかという非常に重大な時。存亡の秋(とき)。...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android