日本大百科全書(ニッポニカ) 「二分脊椎症」の意味・わかりやすい解説
二分脊椎症
にぶんせきついしょう
spina bifida
胎芽期における中枢神経と脊椎の発生異常により、脊髄や脊椎の発生過程において癒合不全を生じる先天性疾患。髄膜や脊髄・馬尾(ばび)などの神経組織が脊椎の外に飛び出して腫瘤(しゅりゅう)(こぶ)を形成しているものを「嚢胞(のうほう)性二分脊椎」といい、脊椎骨・椎弓(ついきゅう)の欠損のみで脊柱管の中身が骨外に飛び出していないものを「潜在性二分脊椎」という。なお、二分脊椎は脊椎披裂(ひれつ)ともよばれる。
[吉川一郎 2022年7月21日]
発生のメカニズムと原因
妊娠後、26~28日ごろに外胚葉(がいはいよう)細胞由来の神経管が閉じるときに異常をきたして発生することが知られている。神経管の閉鎖不全と形成された神経管の破裂という二つの事象が二分脊椎発症のメカニズムとして考えられている。
二分脊椎症発症の正確な原因はわかっていない。兄弟や家族に二分脊椎症の患者がいる家系では、そうでない家系よりも発生率が高いことから遺伝因子は重要であるが、もっとも重要な因子は妊婦の葉酸摂取不足である。葉酸は胎児の神経発達に必須(ひっす)の成分(補酵素)であり、アメリカでは、二分脊椎発症を予防するために、妊娠可能な時期の女性は、毎日0.4ミリグラムの葉酸を摂取するように推奨されている。同様に、日本においても妊娠の可能性がある女性および妊娠初期の妊婦には1日400マイクログラム(0.4ミリグラム)の葉酸をサプリメント等で摂取することが推奨されている(厚生労働省「日本人の食事摂取基準2020」による)。また、環境因子としてはほかに、妊婦の肥満、糖尿病罹患(りかん)や放射線被曝(ひばく)、ビタミンAの過剰摂取、薬剤の影響などが知られている。とくに薬剤では、抗てんかん薬であるバルプロ酸とカルバマゼピンを妊婦が内服すると二分脊椎症の発生リスクが高まる。
[吉川一郎 2022年7月21日]
疫学・好発部位
人種差や環境因子に差があるため、発生率は各国で異なる。アメリカでは白人よりもヒスパニック系にやや多く、アジア系女性は白人女性のおよそ半分程度である。アメリカ全体では出生1000に対して0.4となっている。女児のほうがわずかに男児より多い(1.2:1)。日本における発生頻度は出生1000に対して0.2~0.4である。
好発部位であるが、嚢胞性二分脊椎は腰椎(ようつい)に多く、次いで仙骨部である。まれに胸椎、頸椎(けいつい)、脊椎全面に生じる。潜在性二分脊椎は腰仙部(腰椎~仙骨部)に好発する。
[吉川一郎 2022年7月21日]
分類
嚢胞性二分脊椎は、飛び出した脊髄を嚢胞内に含む「脊髄髄膜瘤」と、脊髄を含まない「髄膜瘤」に分けられる。潜在性二分脊椎には、脊髄や馬尾神経に損傷はないが脊椎後方成分が欠損しており、ここに皮膚に覆われた脂肪腫が存在して脊髄や馬尾神経と絡んでいる「脂肪髄膜瘤」、脊柱管から瘻孔(ろうこう)(トンネルのような穴)を形成して仙骨上部まで通じている「先天性皮膚洞」、および脂肪腫や瘻孔はなく脊椎後方成分欠損部直上の皮膚に発毛や色素沈着を呈するだけのものなどがある。先天性皮膚洞の瘻孔は通常は盲端(一方の端が閉じた形状)になっており、体表からは上仙骨正中部のえくぼとして観察される。
[吉川一郎 2022年7月21日]
症状・症候
嚢胞性二分脊椎では、腰仙部の皮膚に腫瘤(こぶ)がある状態で出生する。皮膚の欠損を伴う場合には髄液が漏れ出ていることもある。また、生まれつき障害脊髄部の支配領域以下(遠位)の麻痺(まひ)が存在する。具体的には、両下肢の麻痺と感覚障害がある。仙髄、腰髄、胸髄の順で麻痺の状態は高度になる。麻痺はかならずしも左右対称的ではない。なお、脊髄障害が高位(脳に近い位置)であるほど(胸髄>腰髄>仙髄)、麻痺による脊柱側彎(そくわん)症発症のリスクが高まる。また、胸髄障害では多くの症例で生まれつき脊柱後彎症が存在し、仰臥位(ぎょうがい)(仰向け)になると褥瘡(じょくそう)(床ずれ)が生じるため、仰臥位での睡眠ができなくなるなどのトラブルが起こりやすい。脊髄障害による筋力の消失もしくは不十分な筋力の不均衡によって股関節脱臼(こかんせつだっきゅう)、膝(しつ)関節屈曲拘縮、足部変形(尖足(せんそく)、内反尖足、踵足(しょうそく)、凹足)や足趾(そくし)の変形(ハンマー様・鷲爪(わしづめ)様変形)などを生じる。また、足底部の感覚障害により足底部(とくに踵(かかと)や足部外縁)に褥瘡を生じることがある。
排尿機能の中枢はおもに仙髄に、排便機能の中枢はおもに腰髄と仙髄にあるため、泌尿器科的障害(神経因性膀胱(ぼうこう))や直腸障害も生じる。すなわち、膀胱に尿が貯留しても尿意を感じず尿が垂れ流し状態になる、自排尿ができない、便秘になる、便意がなくなり自排便ができずに便が垂れ流し状態になるなどの症状が生じる。
潜在性二分脊椎では、脊椎の長径成長(身長の伸び)につれて脊髄が徐々に尾側方向(下方)に引っ張られて脊髄機能障害を呈する「脊髄係留症候群」を発症する。具体的には膀胱機能と直腸機能の障害、腰椎前彎の増強、脊柱側彎の発症と進行、腰痛や臀部(でんぶ)痛の出現、下肢の痙性(けいせい)出現や筋力低下の進行、足部や足趾変形の出現などである。また、多くの二分脊椎症において水頭症とキアリ奇形(Ⅱ型)を伴うことが知られている。
[吉川一郎 2022年7月21日]
検査・診断
出生前診断として、妊娠中の子宮内超音波検査は嚢胞性二分脊椎の診断に有効である。また、母体羊水中において妊娠14週を過ぎてもα(アルファ)フェトプロテインが検出される場合には嚢胞性二分脊椎などの開放性神経管奇形が強く疑われる。出生後は、嚢胞性二分脊椎では腰仙部にみられる腫瘤病変の視診、触診で髄液漏出があるかを確認する。頭部と全脊椎の単純X線検査およびCTやMRIによって二分脊椎の形態や水頭症、キアリ奇形、脊髄空洞症の合併の有無についても診断がなされる。
[吉川一郎 2022年7月21日]
治療
皮膚欠損を伴い、髄液が漏出している脊髄髄膜瘤では、髄膜炎感染による生命の危険があるため、24時間以内に創部を閉鎖する手術が必要である。同時に、合併する水頭症の治療である脳室‐腹腔(ふくくう)シャント術(脳室液を腹腔に流し出す手術)を行う必要がある。閉鎖手術自体による脊髄の機能回復は期待できない。また、潜在性二分脊椎や嚢胞性二分脊椎術後に起こる神経組織癒着に伴って発症する脊髄係留症候群に対して、癒着した部分をはがす手術(係留解除術)は症状の進行防止に有効であるが、再発することもある。
側彎症、麻痺性股関節脱臼、膝関節拘縮や足部・足趾変形などの整形外科的問題については、それぞれの病態に応じた変形矯正手術が必要となる。高度な専門的手術を必要とするため、二分脊椎症に精通した医師による治療がなされるべきである。
神経因性膀胱に伴って発生する尿路感染症には適宜、抗菌薬投与が必要となる。排尿困難によって生じる水腎(じん)症を予防することが腎機能を保全するために必要である。下腹部を手で押して圧をかけることによる排尿法もあるが、長期的には間欠導尿法(尿道にカテーテルを挿入して一定時間ごとに排尿する方法)を行うことが望ましい。排便にも注意し、便秘に対しては摘便などを行う。
[吉川一郎 2022年7月21日]
経過・予後
開放性脊髄髄膜瘤の閉鎖と水頭症に対するシャント術を適切に行えば、生命予後は比較的良好である。併発する水頭症の影響もあり、脊髄髄膜瘤の子どもは、程度の差はあるが精神発達遅滞を伴う。また、先天性心疾患などの重篤な合併症がある場合や、神経因性膀胱から発症する腎機能障害が重篤になると生命予後は不良となる。
移動能力に関しては、脊髄障害の位置が胸髄~腰髄上部の場合には有効な歩行能力獲得がむずかしく、通常、生活は車椅子(いす)による移動となる。しかし、腰髄上部の障害で軽症かつ十分に大腿(だいたい)四頭筋筋力があるときには、短下肢装具を使用して有効な歩行能力を獲得することができる。腰髄下部~仙髄が障害部位である場合には、短下肢装具や足底装具を使用すれば不自由なく歩行可能となる。
[吉川一郎 2022年7月21日]