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二重橋 ニジュウバシ

デジタル大辞泉の解説

にじゅう‐ばし〔ニヂユウ‐〕【二重橋】

皇居正門の堀にかかる鉄製の橋の俗称。江戸時代木橋で、堀が深いため上下二重に橋桁(はしげた)を組んだところからよばれたもの。
[補説]一般に、皇居前広場から見える二重アーチ構造の石橋を「二重橋」とする誤解が多いが、これは「正門石橋」であり、二重橋はその奥にある。

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百科事典マイペディアの解説

二重橋【にじゅうばし】

東京都千代田区,皇居内の橋。皇居前広場から石橋を渡り,正門をくぐったところにある鉄橋で,江戸時代,木橋を架設する際,地勢と技術上の制約から橋げたを2段造りにしたためこの名がある。

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世界大百科事典 第2版の解説

にじゅうばし【二重橋】

皇居内の旧西丸地区にある正門鉄橋の別称。皇居正門前の石橋(俗称めがね橋)を渡り,右折してまもなく,新宮殿の中門前の濠に架かっている。江戸時代には現在の皇居正門を西丸大手門,その前の橋を西丸大手橋と称したのに対し,西丸下乗門の手前に位置した関係で西丸下乗橋と呼ばれた。その名のとおり,登城の大名等はこの橋の辺で馬や駕籠から降りる規則になっていた。この橋は深く切り込んだ台地の両端にかけられているため,工法上,台地の途中に橋桁を構築し,その上にさらに橋を組むという二段造りの構造になっており,そのため俗に二重橋と呼ばれた。

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大辞林 第三版の解説

にじゅうばし【二重橋】

皇居の正門付近にある橋の通称。正門の内外に一の橋(石橋)と二の橋(鉄橋)がある。二の橋はもと木橋で、橋上に橋を重ねた構造だったので二重橋の名が起きたといわれる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

二重橋
にじゅうばし

今日の皇居の正門を入ってから最初に渡る鉄製の橋。江戸城のころ、ここには木造橋が架けられていたが、濠(ほり)から架橋の位置がかなり高かったため、下方にまず橋脚を立てて橋桁(はしげた)を渡し、さらにこの上からまた橋脚を立てて橋桁を渡して、高い橋をつくった。この橋は外見上二重にみえたので二重橋の名がおこった。1883年(明治16)から西之丸での宮殿造営が始まり、西之丸大手門が皇居の正門となって、西之丸下乗橋(げじょうばし)の名があった二重橋も鉄橋に改められた。設計はドイツ人のウィルヘルム・ハイゼで、1888年に完成したが、二重橋の名はそのまま残った。なお、現在の二重橋は1964年(昭和39)の新宮殿造営の際に架け替えられたものである。皇居正門前に二連アーチの石橋があり、その背後にこの鉄橋があるので二重橋というとするのは俗説で、誤りである。[工藤圭章]

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