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五族共和 ごぞくきょうわWu-zu gong-he

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

五族共和
ごぞくきょうわ
Wu-zu gong-he

中国の辛亥革命の際に主張されたスローガン孫文ら革命派は,漢族,満州族,モンゴル族ウイグル族チベット族の5民族が平等の立場で中華民国を建設することを目指した。五色旗はこれに基づくものである。その後孫文は,漢民族を中心にして他の4民族をこれに同化させるという大漢族主義をもつにいたる。 1924年1月の国民党一全大会宣言では,少数民族の自決権の尊重に基づいて,各民族が自由に連合した統一国家を組織することが目標に掲げられた。しかし今日,この主張は少数民族の自治権の容認にとどまり,現実においては否定されている。

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百科事典マイペディアの解説

五族共和【ごぞくきょうわ】

中国で孫文辛亥革命直後に唱えた民族融和による共和国建設のスローガン。五族は漢・満・蒙(モンゴル)・回(ウイグル)・蔵(チベット)。その後,孫文は五族共和論から発展し,五族に限定せず,国内各民族の自決権にもとづく自由で統一ある国家の組織という思想に具体化した。
→関連項目協和会満州国

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世界大百科事典 第2版の解説

ごぞくきょうわ【五族共和 Wǔ zú gòng hé】

中国,辛亥革命直後の1911‐12年以降,孫文らが提唱したスローガン。五族とは漢族,満州族,モンゴル族,回族,チベット族で,中国の主要民族を指す。各民族の平等,融和を主張し,多民族国家としての中国を擁護したもの。〈滅満興漢〉の漢族中心主義からの脱却をはかったものであるが,なお漢族への同化も主張するなど,漢族中心的色彩も残存し,孫文はその後もその弱点の克服に努めた。【久保田 文次】

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大辞林 第三版の解説

ごぞくきょうわ【五族共和】

中国、辛亥しんがい革命の際に、清朝を廃し、五族の共和政体樹立をめざして孫文らが唱えたスローガン。

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世界大百科事典内の五族共和の言及

【満州事変】より

…日本の中国東北・内蒙古への武力侵略戦争。いわゆる十五年戦争の第1段階。1931年(昭和6)9月18日の柳条湖事件を発端とし,狭義には33年5月31日塘沽(タンクー)停戦協定までの期間,広義には37年7月7日蘆溝橋事件による日中戦争全面化までの期間を指す。
[原因,準備]
 日露戦争後のポーツマス会議で日本は帝政ロシアから関東州・南満州鉄道などの権益を譲渡させ,中国の東北(東三省(奉天,吉林,黒竜江の3省)。…

※「五族共和」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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