日本大百科全書(ニッポニカ) 「人性論」の意味・わかりやすい解説
人性論(中国思想)
じんせいろん
中国思想史における人間の本性に関する諸説をさす。性とは生得そのままの人為の加わらない状態をいう。孔子(孔丘(こうきゅう))は単に「性は相近し、習は相遠し」(『論語』陽貨篇(へん))というだけでその詳細は不明であるが、下って『中庸(ちゅうよう)』では、「天の命ずる、これを性と謂(い)う」と、初めて性を定義づけている。この性をとらえて孟子(孟軻(もうか))は「性善」を主張し、ついで荀子(じゅんし)は「性悪」を唱えてまっこうから対立し、性説に人々の関心を集めた。この後これを調和折衷する説も多く、性無善無悪説(告子(こくし))、性善悪混合説(揚雄(ようゆう))、性有善悪説(王充(おうじゅう))、性情相応説(荀悦(じゅんえつ))、性善情悪説(李翺(りこう))等が現れ、さらに性を種類分けしようとするものに性三品説(文中子、韓愈(かんゆ))、内容によって分けようとするものに本然気質説(張載(ちょうさい))、性気一元説(程顥(ていこう))、性情一元説(王安石(あんせき))等が主張されるようになり、かくして性は中国哲学の中心問題の一つとなった。いわゆる宋明(そうみん)の性理学がこれである。
[町田三郎]
『森三樹三郎著『上古より漢代に至る性命観の展開』(1971・創文社)』▽『徐復観著『中国人性論史』(1968・台湾商務印書館)』
人性論(ヒュームの著書)
じんせいろん
Treatise of Human Nature
イギリスの哲学者D・ヒュームの処女作で主著。第1巻の『知性論』、第2巻の『情念論』、第3巻の『道徳論』の全3巻からなる。1734~37年の滞仏中に書かれ、39~40年に刊行された。本書は「輪転機から死産した」という彼自身のことばどおり不評で、彼に匿名の推薦の小冊『摘要』や、後の改作『人間知性探究』を書かせることになった。しかし、1巻での因果律の批判、外界存在や同一性の問題の検討、第2巻での主要情念の解明、第3巻での理性と情念や道徳的評価の基準などの探究は、イギリス古典経験論の掉尾(とうび)を飾り、すこぶる重要な見解を含む。後の『人間知性探究』の見解との異同が問題となるが、優れた哲学的古典の一冊である。
[杖下隆英]
『大槻春彦編『人性論』(『世界の名著32 ロック・ヒューム』所収・1980・中央公論社)』▽『大槻春彦訳『ヒューム人性論』全4冊(岩波文庫)』