中国、北宋(ほくそう)の思想家。字(あざな)は子厚(しこう)、鳳翔郿(ほうしょうび)県(いまの陝西(せんせい)省眉県)横渠鎮(おうきょちん)の人で、世に横渠先生と称された。程顥(ていこう)・程頤(ていい)の表叔(母方の叔父)である。異民族の侵入もある土地柄から、青年時代、軍事を論ずることを好んだが、范仲淹(はんちゅうえん)との出会いを契機に名教(儒教)に志し、仏老の書にも目を向けながら研鑽(けんさん)の日々を送った。38歳、程頤らとともに科挙に及第し、地方官としてとくに辺境の民政軍事面に見識を示した。やがて神宗(しんそう)に召され、三代の治の復活を進言して古礼を説き井田(せいでん)制を主張したが、結局王安石(あんせき)とあわず、故郷に帰り講学に専念した。陝西つまり関中で講学したので、その学派を関学と称する。張載はとくに思想的に仏教との対決を試み、その幻妄説の排撃を意図して「太虚(たいきょ)即気」論を唱えた。そして仏者の心性説に対抗すべく、気の存在論と心性論の統一を図ろうとした。虚無・空無を否定して気が聚(あつ)まると万物となり、気が散じると太虚となると考え、人間の認識のいかんにかかわらず万物の変化は気によることを明確にした。物の生成をめぐる一気と陰陽の関係の分析や、気質という概念の提出は、天地の性、気質の性という性論、気質を変化させるという修養論とともに、朱子学の形成に大きく関与した。また明清(みんしん)時代、王廷相(おうていしょう)や王夫之(おうふうし)、戴震(たいしん)らいわゆる気の思想家に多大の影響を与えている。著作には『正蒙(せいもう)』『西銘(せいめい)』『易説』などがあり、『張氏全書』に収める。1978年、中国からより完備した『張載集』が刊行されている。
[大島 晃 2016年2月17日]
『西晋一郎・小糸夏次郎訳注『太極図説・通書/西銘・正蒙』(岩波文庫)』
中国,北宋時代の哲学者。字は子厚。その号である横渠(おうきよ)の名で知られる。陝西省の人。若いころは軍事に強い関心を抱いたが,范仲淹(はんちゆうえん)に会って《中庸》を与えられてから学問に打ち込む。政治家としてもかなりの治績をあげたが,王安石と合わず,晩年は家にひきこもって読書と思索に没頭した。このとき書かれたのがその主著《正蒙(せいもう)》である。彼はそこで気の哲学を展開する。彼によれば,宇宙空間には気が充満しており(彼はこれを〈太虚(たいきよ)〉と呼ぶ),気はたえず凝集と拡散の自己運動をくりかえしている。気が凝集すると物が生まれ,拡散すると物は滅びる。しかしその気は無となるのではなく,もとの〈太虚〉に復帰するだけである。したがって気の総量には増減がなく常に一定している。彼のこのような思想は南宋の朱熹(しゆき)(子)に摂取されたのみならず,明の王廷相,清初の王夫之(船山),朝鮮の徐敬徳(花潭),日本の大塩平八郎(中斎)らに大きな影響を与えた。
執筆者:三浦 国雄
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…〈太虚〉とは大いなる虚空(こくう)の意であり,天地宇宙もその中に包摂される広大無辺の空間をいう。しかし,太虚説を集大成した北宋の張載(ちようさい)は,万物は〈太虚〉から生まれ〈太虚〉に帰ると述べているから(《正蒙(せいもう)》),長久な時間も含んでいるのである。そういう意味では,〈太虚〉は果てしない時空の統一体であると同時に存在論的本体なのである。…
…《宋史》道学伝に名をとどめる道学者たちは,熱烈な理想主義,真摯(しんし)な内省主義,潔癖な倫理主義などを信条として,宇宙と人間ととを貫く理法やあるべき人間社会のあり方を追求した。道学者の一人である張載(横渠(おうきよ))の次の言葉は,この派の性格をよく表現しえている。〈天地のために心を立て,生民のために道を立て,去聖のために絶学を継ぎ,万世のために太平を開かん〉(《近思録》為学大要篇)。…
…とくに道教や中国医学では,病は体内をめぐる気の不調によって生じるとされ,その気をコントロールすることで長命が得られるとした。しかし,気を自覚的にその哲学体系に組み込み,気の存在論を作りあげたのは北宋の張載(横渠(おうきよ))が最初であり,気に対して理を立て,理と気によって世界をとらえようとしたのも同時代の程頤(ていい)(伊川)にはじまる。程頤は気の現象する世界の奥に,それを支え秩序づける存在を措定してこれを理と呼び,この理を究明すること(窮理(きゆうり))が学問の要諦(ようてい)だとした。…
※「張載」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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