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張載 ちょうさいZhang Zai

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

張載
ちょうさい
Zhang Zai

中国,西晋文学者安平 (河北省) の人。字,孟陽。張協の兄。太康年間 (280~289) に著作郎となり,のち弘農太守から長沙王乂 (がい) の相となり中書侍郎に進んだが,恵帝治下の混乱に見切りをつけ,病と称して家に帰って終った。『濛し (もうし) 池賦』で傅玄 (ふげん) に認められ,『剣閣銘』が有名。詩は約 10首を残すだけである。張華,張協とともに「三張」と称される。詩文集『張孟陽集』。

張載
ちょうさい
Zhang Zai

[生]天禧4(1020)
[没]煕寧10(1077).12.29.
中国,宋の学者。字は子厚。号は横渠 (おうきょ) 。陝西省の人。范仲淹との際会を契機に道に志し,六経の研究に専念した。張載は,宇宙の万物万象は聚散によるという一元論的宇宙観をもち,その気の本源的なあり方として,「太虚」を説いた。また天地の性と気質の性を分け,人間は学問によって,もって生れた気質の性を変化させ,その本然に帰るべきことを主張した。二程子とともに宋学先駆者であり,朱子にも影響を与えている。著書『西銘』『正蒙』『易説』『経学理窟』など,著作集に『張子全書』がある。

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デジタル大辞泉の解説

ちょう‐さい〔チヤウ‐〕【張載】

[1020~1077]中国、北宋思想家陝西(せんせい)省の人。字(あざな)は子厚。横渠(おうきょ)先生とよばれた。「太虚即気」を唱え、気の変化によって万象を説明し、また、天地と自己との一体感を強調した。朱子学の源流の一。著「正蒙」「西銘」「易説」など。

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百科事典マイペディアの解説

張載【ちょうさい】

中国,北哲学者。字は厚張,号は横渠。陝西省の人。地方官を歴任後中央へ召されたが,王安石の新法に反対して帰郷し,代表作《正蒙》を著した。その学は《易経》と《中庸》を基礎に太虚を説く気の哲学である。
→関連項目宋学

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世界大百科事典 第2版の解説

ちょうさい【張載 Zhāng Zài】

1020‐77
中国,北宋時代の哲学者。字は子厚。その号である横渠(おうきよ)の名で知られる。陝西省の人。若いころは軍事に強い関心を抱いたが,范仲淹(はんちゆうえん)に会って《中庸》を与えられてから学問に打ち込む。政治家としてもかなりの治績をあげたが,王安石と合わず,晩年は家にひきこもって読書と思索に没頭した。このとき書かれたのがその主著《正蒙(せいもう)》である。彼はそこでの哲学を展開する。彼によれば,宇宙空間には気が充満しており(彼はこれを〈太虚(たいきよ)〉と呼ぶ),気はたえず凝集と拡散の自己運動をくりかえしている。

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大辞林 第三版の解説

ちょうさい【張載】

1020~1077) 北宋の儒学者。号は横渠。気一元論的太虚説を唱えて、二程・朱熹しゆきに影響を与えた。著書「易説」「正蒙」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

張載
ちょうさい
(1020―1077)

中国、北宋(ほくそう)の思想家。字(あざな)は子厚(しこう)、鳳翔(ほうしょうび)県(いまの陝西(せんせい)省眉県)横渠鎮(おうきょちん)の人で、世に横渠先生と称された。程(ていこう)・程頤(ていい)の表叔(母方の叔父)である。異民族の侵入もある土地柄から、青年時代、軍事を論ずることを好んだが、范仲淹(はんちゅうえん)との出会いを契機に名教(儒教)に志し、仏老の書にも目を向けながら研鑽(けんさん)の日々を送った。38歳、程頤らとともに科挙に及第し、地方官としてとくに辺境の民政軍事面に見識を示した。やがて神宗(しんそう)に召され、三代の治の復活を進言して古礼を説き井田(せいでん)制を主張したが、結局王安石(あんせき)とあわず、故郷に帰り講学に専念した。陝西つまり関中で講学したので、その学派を関学と称する。張載はとくに思想的に仏教との対決を試み、その幻妄説の排撃を意図して「太虚(たいきょ)即気」論を唱えた。そして仏者の心性説に対抗すべく、気の存在論と心性論の統一を図ろうとした。虚無・空無を否定して気が聚(あつ)まると万物となり、気が散じると太虚となると考え、人間の認識のいかんにかかわらず万物の変化は気によることを明確にした。物の生成をめぐる一気と陰陽の関係の分析や、気質という概念の提出は、天地の性、気質の性という性論、気質を変化させるという修養論とともに、朱子学の形成に大きく関与した。また明清(みんしん)時代、王廷相(おうていしょう)や王夫之(おうふうし)、戴震(たいしん)らいわゆる気の思想家に多大の影響を与えている。著作には『正蒙(せいもう)』『西銘(せいめい)』『易説』などがあり、『張氏全書』に収める。1978年、中国からより完備した『張載集』が刊行されている。[大島 晃]
『西晋一郎・小糸夏次郎訳注『太極図説・通書/西銘・正蒙』(岩波文庫)』

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世界大百科事典内の張載の言及

【宇宙】より

…〈太虚〉とは大いなる虚空(こくう)の意であり,天地宇宙もその中に包摂される広大無辺の空間をいう。しかし,太虚説を集大成した北宋の張載(ちようさい)は,万物は〈太虚〉から生まれ〈太虚〉に帰ると述べているから(《正蒙(せいもう)》),長久な時間も含んでいるのである。そういう意味では,〈太虚〉は果てしない時空の統一体であると同時に存在論的本体なのである。…

【道学】より

…《宋史》道学伝に名をとどめる道学者たちは,熱烈な理想主義,真摯(しんし)な内省主義,潔癖な倫理主義などを信条として,宇宙と人間ととを貫く理法やあるべき人間社会のあり方を追求した。道学者の一人である張載(横渠(おうきよ))の次の言葉は,この派の性格をよく表現しえている。〈天地のために心を立て,生民のために道を立て,去聖のために絶学を継ぎ,万世のために太平を開かん〉(《近思録》為学大要篇)。…

【理気説】より

…とくに道教や中国医学では,病は体内をめぐる気の不調によって生じるとされ,その気をコントロールすることで長命が得られるとした。しかし,気を自覚的にその哲学体系に組み込み,気の存在論を作りあげたのは北宋の張載(横渠(おうきよ))が最初であり,気に対して理を立て,理と気によって世界をとらえようとしたのも同時代の程頤(ていい)(伊川)にはじまる。程頤は気の現象する世界の奥に,それを支え秩序づける存在を措定してこれを理と呼び,この理を究明すること(窮理(きゆうり))が学問の要諦(ようてい)だとした。…

※「張載」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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