日本歴史地名大系 「今小路町」の解説 今小路町いまこうじまち 栃木県:宇都宮市宇都宮城下今小路町[現在地名]宇都宮市一番町(いちばんちよう)・二番町(にばんちよう)・二荒町(ふたあらまち)宇都宮城今小路御門から北へ向かう通りにある町人町。北端は奥州街道筋の大(おお)町・日野(ひの)町につながる。東は元石(もとこく)町・石町、西は剣宮(つるぎのみや)町。今小路御門は元和六年(一六二〇)本多正純による城郭拡張のとき築造されたので、町名はそれ以後の成立と思われる。松平忠弘時代の城下図(東大史料編纂所蔵)に町名がみえ、南の今小路門前の広場に六間(ろつけん)(軒)町とある。六間町には釜川に面して魚店が六軒あったが、今小路御門築造に際し大町のうち肴(さかな)町に移されたという(「大町魚店の事」上野秀文文書)。 今小路町いまこうじちよう 京都市:東山区粟田口村今小路町東山区三条大橋東入七丁目南側三条通の南側に位置。承応二年(一六五三)新改洛陽並洛外之図に「シン丁」とみえる辺りが、この町の位置になる。町名は寛文一二年(一六七二)洛中洛外大図貼付の符箋に、「今小路丁」とみえるが、この符箋は大井手町(符箋の表記では土居丁)と位置が逆で、後代の錯簡とも思われる。文献では、延宝二年(一六七四)四方洛外町続之町々小名之覚(荻野家文書)に今小路町とみえ、正徳四年(一七一四)洛外町続町数小名并家数改帳(同文書)に「一、弐拾弐軒 同(粟田口)今小路町」とある。 今小路町いましようじまち 山口県:山口市山口町今小路町[現在地名]山口市中市(なかいち)町の一部石州街道沿いの、山口町の中心街である中市町より北へ通じる小路。中河原(なかがわら)町の通りに出て、まっすぐに一(いち)ノ坂(さか)川を越える橋を渡ると山口御茶屋の正面に出る。この橋は御茶屋完成時に新しくされたものらしいが、「注進案」は、今小路の名は「氷上山旧記」という古書に「国清寺(大内盛見)殿永和三丁巳 誕生々々所今小路」とあると記す。 今小路町いまこうじちよう 奈良県:奈良市奈良町今小路町[現在地名]奈良市今小路町押上(おしあげ)町の北、京街道(奈良坂越)沿いの東大寺中御門(焼門)から転害(てがい)門の間にあり、「奈良曝」に「はたこや有。町役四十五軒」とある。小名の宮住(みやずみ)町は町の南部。中世は東大寺七郷の今小路郷であった。元禄年間(一六八八―一七〇四)の家数六三(うち号所五、東大寺役人正法院一、東大寺八幡禰宜三、東大寺衆徒一)、竈数七九(奈良坊目拙解)。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by