日本歴史地名大系 「会下山遺跡」の解説
会下山遺跡
えげのやまいせき
会下山とよばれる
昭和三一年(一九五六)から同三六年にかけて発掘調査が行われ、遺跡全域がほぼ完掘されている。発掘調査により竪穴住居・祭祀場・屋外炉・倉庫・墓・柵・廃棄場など集落を構成する諸遺構が、狭い南北方向の主尾根と、その南で東西方向に派生する支尾根上に営まれていることが明らかとなった。主尾根の最高所を占めるのは二ヵ所の祭祀場で、一ヵ所には石組施設がある。また墓域(四基以上の土壙墓群)を集落東縁に配置するなど、居住区との関連で計画性がうかがえる。住居群も主尾根と支尾根に二分され、二つの住居群とも出土土器はすべて弥生中期中頃から後期のものであるが、支尾根のほうがやや様相が古く、集落の開発自体は標高の低い支尾根から始まったようである。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報