改訂新版 世界大百科事典 「低価主義」の意味・わかりやすい解説
低価主義 (ていかしゅぎ)
“cost or market price, whichever is lower” basis
企業資産とくに棚卸資産の評価において,原価と時価とを比較してその低いほうの価額によって評価すべきとする考え方。低価基準という場合もある。この考え方によれば,期末の棚卸資産の時価が原価よりも低い場合には時価によって評価し,逆に時価が原価よりも高い場合には原価によって評価することになる。したがって,評価損は計上されるが評価益が計上されることはありえないから,未実現の評価益を根拠に利益処分が行われる心配はなく,企業財政の安全が図られる。この考え方は,古くからの会計習慣である〈予想の利益は計上してはならないが,予想の損失はすべて計上しなければならない〉という会計上の保守主義に支えられた評価思考であり,実践上広く採用されているものであるが,会計理論上は多くの論者によって非難されている。すなわち,低価主義によれば,ある場合には原価で評価され他の場合には時価で評価されることから,評価の首尾一貫性が失われ評価額の比較可能性を損うことである。第2に,低価主義に従って評価した場合,期間損益が歪曲(わいきよく)される点が非難される。当期末に時価が低下しているために評価損を計上し時価まで評価を切り下げた結果,次期の売上原価はその額だけ低く計算され次期の利益は同額だけ高く計算されることになる。この結果,損益の帰属する会計期間に変化を与えることになるからである。しかし,低価主義を原価主義の枠内のものとして,原価主義の思考から理論づけ,妥当化しようとする考え方がある。たとえば,アメリカ公認会計士協会(AICPA)会計手続委員会の見解によれば,棚卸資産の効用が原価以下となった場合,その差額はもはや次期以降での有用性が期待できない原価であるから,当期の損失としなければならないとする。この場合の効用の評価額が時価によって与えられるとするものであるが,なぜ時価が低下している場合にのみ効用が問題とされ,時価が値上がりしている場合には問題とされないのかについては明確な説明がなされない。
→原価主義 →時価主義
執筆者:嶋 和重
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報