値賀島(読み)ちかのしま

百科事典マイペディア 「値賀島」の意味・わかりやすい解説

値賀島【ちかのしま】

古代からみえる島名で,五島列島にほぼ相当する。あるいは平戸島を含む可能性もあり,その範囲は時代とともに変化したようである。《古事記》に知訶島,《日本書紀》に血鹿などとみえ,《肥前国風土記》には景行(けいこう)天皇にまつわる地名伝承で近島と記され,人の居住がみられるのは大近島・小近島であるという。魚貝類や海藻に恵まれ,牛馬に富み,容貌隼人(はやと)に似る白水郎海人)は騎射を好んだという。地勢上,朝鮮半島や中国大陸の政治的余波を受けるとともに,遣唐使船の寄港地として重視された。740年藤原広嗣(ひろつぐ)は追討軍から逃れるため値賀島から朝鮮半島に向かったが,等保知駕の島(遠値賀島)に漂着している(《続日本紀》)。876年には大宰権帥(だざいのごんそち)の在原(ありわら)行平が値賀郷と庇羅郷(平戸島)を上近郡・下近郡とし,肥前国から独立させて新たに値賀島を立てて島司を置くことを建議しており(《三代実録》),対馬(つしま)や壱岐(いき)と同様に,五島と平戸を合わせて律令制下の行政区分としようとしたことがわかる。平安末期には値賀島や平戸島を含む広大な宇野御厨(みくりや)が成立し,1196年には宇野御厨内小値賀島などとあり,その範囲が狭まったようである。1228年にみえる値賀五島や,1318年の大値賀上村なども,より限定された地域をさしているようであるが,その具体的な範囲は明らかではなく,しかも小値賀島のうちに浦部(うらべ)島という区分がみえ始め,さらに浦部島西浦部・中浦部・下浦部などを含み(青方文書),おそらく五島の武家勢力の進展に応じたものであろう。

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