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傷痍軍人 しょういぐんじんdisabled veteran

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

傷痍軍人
しょういぐんじん
disabled veteran

戦場あるいは公務中に後遺的な身体障害となる傷を負うか,病気になった軍人,あるいは軍属。 1930年代初めまでは,廃兵という言葉が用いられた。各国とも,軍隊の士気を維持するために保護が与えられてきたが,アメリカで 1636年にプリマス植民地において戦傷を負って体が不自由になった軍人に対して終身,生活扶助を与える法律が作られ,これが恩給や,年金の始りとされている。日本では明治初期から増加恩給や,生活困難な者への軍事扶助の措置がとられてきたが,1938年に傷兵保護院 (1939年に軍事保護院に改称) が新設され,広範な生活援護を行なった。 46年に軍人恩給は廃止されたが,傷痍軍人,軍属に対する増加恩給は残され,47年の未復員者給与法によって国庫からの療養費が負担された。 52年には「戦傷病者戦没者遺族等援護法」が制定され,傷害年金,一時金支給,医療などの支給,保護施設への収容などが国庫負担で行われるようになった。 63年「戦傷病者特別援護法」が制定され,単独立法として,従来の傷痍軍人に対する援護措置をまとめた。

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デジタル大辞泉の解説

しょうい‐ぐんじん〔シヤウイ‐〕【傷×痍軍人】

戦闘や公務で負傷した軍人。

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世界大百科事典 第2版の解説

しょういぐんじん【傷痍軍人 disabled veterans】

戦闘その他の公務のために傷痍を受けた軍人,あるいは軍属。傷痍軍人は恩給法により増加恩給,傷病年金または傷病賜金を受給でき,軍人傷痍記章を授与される。1636年にアメリカのプリマス植民地で,傷痍軍人に対して終身,生活扶助を与える法律がつくられた。これが恩給や年金の始まりとされている。一般に,各国とも軍人の士気を維持するなどの軍事上の必要から,傷痍軍人になんらかの優遇策をとってきた。日本では,1930年代初めまで,〈廃兵〉という呼称が用いられていた。

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大辞林 第三版の解説

しょういぐんじん【傷痍軍人】

戦闘で負傷した軍人。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

傷痍軍人
しょういぐんじん

戦闘または公務の際、傷痍を受けた軍人・軍属。実際には、軍人恩給法によって増加恩給・傷病年金・傷病賜金の受給権有資格者をさす。傷痍軍人は1931年(昭和6)11月まで廃兵と呼称された。とくに日露戦争によって3万6000人余の傷病者を出したことから、1906年(明治39)4月に廃兵院法が制定され、傷病者の国家による終生扶養を目的として翌年9月に廃兵院が東京・渋谷に設置された。廃兵院には、自己の財産・労働による自活能力のない傷痍軍人に限り収容を許可された。傷痍軍人の保護施設は、このほかにも満州事変の際の啓成社や衛戍(えいじゅ)病院内でも一部代用され、職業訓練等が実施された。傷痍軍人と名称変更後、日中戦争の全面戦争化に伴い、多数の傷病軍人が出た結果、1938年4月、廃兵院は厚生省管轄下に傷兵保護院と改称して拡充された。さらに翌年には軍事保護院とふたたび改称され、傷痍軍人に対して医療の便宜を図るだけでなく、職業訓練、就職斡旋(あっせん)による社会復帰への配慮が強力に実施された。同時に傷痍軍人には鉄道運賃免除、所得税減税、煙草(たばこ)等優先販売権などの特典が付与され、国家による手厚い保護制度が準備されていた。
 第二次世界大戦後、軍事保護院は廃止され、傷痍軍人は一般の身体障害者と同等扱いとなり、以後、一般身体障害者対策の枠内で援護されることになった。ところが、1952年(昭和27)4月に戦傷病者戦没者遺族等援護法が制定され、障害一時金、更生医療、補装具支給、国立保養所への収容などが全額国庫負担で実施されることになり、傷痍軍人対策がふたたび登場することになった。同年11月には傷痍軍人会が発足し、地方組織として各都道府県傷痍軍人会が設置された。1953年8月には恩給法が改正された結果、国鉄無賃乗車の指定をはじめ各種の特典が付与された。なお、これら援護関係諸法規は、1963年に戦傷病者特別援護法に一本化された。また、これより先1955年2月には、同法制定に重要な役割を果たした日本傷痍軍人会が財団法人に移行。傷痍軍人の処遇改善を国に働きかけるとともに、会員の相互援助や機関誌『日傷月刊』の発行などを行ってきた。また、2006年(平成18)からは、国の委託を受けて戦傷病者史料館「しょうけい館」(東京都千代田区)の運営なども行ってきた。しかし、法人化時に35万人であった会員数は2013年には約5000人まで減少し、組織の運営がむずかしくなったことから、2013年11月末をもって解散した。なお、「しょうけい館」の運営は、新たな委託先により継続される。[纐纈 厚]

諸外国の救護対策

第二次世界大戦前の外国の例でみると、イギリスの場合、傷痍軍人救護には民間有志の自発的行為に基づく連合陸海軍人後援会、イギリス赤十字社特別救護委員会などの組織があたった。アメリカでは恤兵(じゅっぺい)局が恩給局、在郷軍人団体、老兵院委員会などと協力して傷痍軍人の教育や職業紹介を行った。ドイツの場合、傷痍軍人は一般の身体障害者とともに労働省で職業教育を受け、さらにドイツ救恤法、軍人救助法などによって恩給もしくは生産力減殺に値する年金請求資格を有する重傷病者にはさまざまな法律上の特典が与えられた。またフランスでは、傷痍軍人で増加恩給受給資格者は無料で本人の希望する医師の治療が受けられ、傷病の程度によって鉄道運賃の割引をはじめ各種の特典が与えられた。旧ソ連でも国家あるいは公私の機関がこれにあたり、免税措置などが用意された。[纐纈 厚]

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世界大百科事典内の傷痍軍人の言及

【廃兵】より

…事実,日本で最初の廃兵院が開設されたのは日露戦争後の1906年における廃兵院法公布の翌年,東京渋谷(翌1908年には巣鴨に移転)においてであった。その後傷病のいえた〈廃兵〉をふたたび戦場に送り出す必要があったため,やがて呼び方も〈傷兵〉もしくは〈傷痍(しようい)軍人〉と改められた。第1次大戦後の23年に〈廃兵院〉が〈傷兵院〉と名称を変え,さらに38年に〈傷兵保護院〉が新設されたりしていることが,このことを裏書きしている。…

※「傷痍軍人」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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