入野松原(読み)いりののまつばら

日本歴史地名大系 「入野松原」の解説

入野松原
いりののまつばら

[現在地名]大方町入野

土佐湾西岸に発達した第一の砂浜海岸、入野ノ浜の背後に繁茂する松林。入野ノ浜は吹上ふきあげ川と蠣瀬かきせ川からの流出土砂の堆積と海崖浸食による砂によって形成されたもので、現在延長三キロ、幅一〇〇メートル足らず。松原はその背後にあって防風・防潮・防砂の役割をもつ。松原は約三〇ヘクタール。国指定名勝

「西浦廻見日記」に「昔ハ入野の松原六十余町続て吹上川迄生たりしが、亥の大変に松原こけて砂原となれりとぞ、すべて此浜本田なりしがその時に浜となれりと云、此松は秦氏の老谷忠兵衛罪徒をして植しめしよしいへり」とあり、天正年中(一五七三―九二)長宗我部元親の家臣谷忠兵衛が中村城代のとき囚人を使役して松を植えたと伝える。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「入野松原」の意味・わかりやすい解説

入野松原
いりのまつばら

高知県南西部,土佐湾沿岸にある延長約 4kmの松原。黒潮町に属する。国の名勝。長宗我部元親時代の造成で,数十万本のクロマツ中心に広大な保安林があり,背後の砂丘とともに入野県立自然公園に属する。マツ林のなか延喜式内社加茂神社がある。

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世界大百科事典(旧版)内の入野松原の言及

【入野浜】より

…高知県西部,大方町にある長さ3km,幅100mほどの砂浜海岸。浜の背後には樹齢300年を越すクロマツを主体とした混交林があり,入野松原といわれる。天正年間(1573‐92)長宗我部元親により植林されたものと伝えられており,1928年国の名勝,また56年には県立自然公園の指定を受けた。…

【大方[町]】より

…海岸部では田野浦漁港を中心に水産業が営まれ,ちりめんじゃこの生産が多い。海岸の入野松原(入野浜)は天正期(1573‐92)に長宗我部元親の老臣で,中村城代となった谷忠兵衛が囚人を使って防風林として植えたものといわれる。海岸近くを土佐くろしお鉄道線,国道56号線が並行して走る。…

※「入野松原」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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