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全斗煥 チョンドファン

デジタル大辞泉の解説

チョン‐ドファン【全斗煥】

[1931~ ]韓国の軍人、政治家。第11~12代大統領。慶尚南道出身。1955年陸軍士官学校を卒業。79年の朴大統領暗殺事件の混乱を国軍保安司令官として処理し、戒厳司令官を逮捕して実権を掌握。80年第11代大統領に就任。81年第五共和制憲法下で第12代大統領に当選した。88年の辞任後、不正蓄財などが発覚し隠遁生活を送る。ぜんとかん。→ノテウ

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百科事典マイペディアの解説

全斗煥【ぜんとかん】

韓国の政治家,軍人。慶尚南道出身。1955年陸士11期卒。1979年10月の朴正煕大統領暗殺事件のとき,戒厳司令部合同捜査本部長として軍と情報機関を掌握。民主化運動が高まるなかで1980年5月非常戒厳令をしき,金大中ら野党指導者を逮捕,その直後の光州事件に軍を投入して弾圧した。
→関連項目大韓民国

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

全斗煥
ぜんとかん

チョン・ドファン(全斗煥)」のページをご覧ください。

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世界大百科事典内の全斗煥の言及

【大韓民国】より

…維新体制に対する民衆の批判を高度経済成長の実現によってかわしながら長期政権を維持した朴正熙は,79年の第2次石油危機を契機とする不況と,それを背景とした労働運動の高揚,野党=新民党(総裁,金泳三)の急進化,釜山・馬山の民衆暴動等の一連の政治的危機の深まりのなかで,10月26日に腹心の部下である金載圭中央情報部長に射殺され,衝撃的な最期を遂げた。 以後80年前半にかけて民主化運動は急激に発展,次の政権をねらう野党系の金大中,金泳三(1927‐ )と朴政権直系の金鍾泌(1926‐ )が民主化で歩調を合わせ,〈三金時代〉と呼ばれる韓国政治の新時代が始まるかにみえたが,急速な政治変革を恐れた軍部は,80年5月17日の非常戒厳令の全国化によって実権を掌握し,抵抗する光州の学生・市民多数の虐殺(光州事件,85年の政府報告では死者192人)を通して,再び軍人中心の全斗煥(1931‐ )政権(第5共和国)を成立させた。全政権は88年ソウル・オリンピック開催などで韓国の国際的評価の向上に努めたが,強権的政治体制と民主化運動という対抗基軸が,依然として韓国の政治を規定する基本的要因であることに変りはなかった。…

※「全斗煥」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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