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円照 えんしょう

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朝日日本歴史人物事典の解説

円照

没年:治承1(1177)
生年:保延5(1139)
平安後期の遁世僧。藤原通憲(信西)の子。号は遊蓮房。平治の乱(1159)で父に連座して配流解官され,21歳で出家。京都西山の広谷に住し,称名念仏に励み三昧発得し,一族の者から仏のごとく崇拝されたという。法然は比叡山を下ったのち,円照と会い専修念仏に帰依したといわれる。法然が常日頃語った言葉として,「浄土の門と遊蓮房とにあへるこそ,人界の生をうけたる思出にて侍れ」とあるように,円照の念仏三昧の姿が,法然に称名念仏の正しさを確信させた。<参考文献>『明義進行集』,伊藤唯真『浄土宗の成立と展開』

(林淳)

円照

没年:建治3.10.22(1277.11.18)
生年:承久3(1221)
鎌倉時代の律宗の僧。東大寺戒壇院中興開山。字は実相房。東大寺の学侶厳寛と法華寺の中興2世長老となった如円の子。21歳で父の死に遭って遁世し,近畿の寺々を巡歴したのち,宝治1(1247)年海竜王寺に住み,叡尊に戒律を学んだ。また,唐招提寺覚盛の弟子となって覚盛からも戒律を学び,建長3(1251)年4月,31歳で海竜王寺から東大寺戒壇院に移住して戒壇院を律宗の道場として復興した。以後,戒壇院は,東大寺における律宗の拠点となった。また,正嘉2(1258)年には東大寺大勧進職に補任され,東大寺大勧進に律僧が補任される端緒を築いた。<参考文献>凝然『東大寺円照上人行状』

(細川涼一)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

円照
えんしょう
(1220―1277)

鎌倉中期の律宗の僧。俗姓は藤原氏。中道聖守(ちゅうどうしょうしゅ)の弟。奈良の人。実相と号す。良忠(りょうちゅう)、禅慧(ぜんえ)、叡尊(えいそん)などに受法し、1251年(建長3)東大寺戒壇院(かいだんいん)主となる。同年、円爾(えんに)に参禅し印可を得る。57年(正嘉1)東大寺大勧進(だいかんじん)となって伽藍(がらん)修造に努め、建治(けんじ)3年10月22日57歳で寂す。戒壇院中興と称され、10余か寺をつかさどり、真照(しんしょう)、忍空(にんくう)、凝然(ぎょうねん)など弟子100余人を輩出した。[中尾良信]

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