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良遍 りょうへん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

良遍
りょうへん

[生]建久4(1193)/建久5(1194)? 京都
[没]建長4(1252).8.28. 奈良
鎌倉時代の法相宗僧。幼くして興福寺に出家し法相を学ぶ。のち諸寺を歴遊して学を修め,特に因明 (仏教論理学) に長じて名声を高めた。寛喜2 (1230) 年維摩会の講師となり,次いで法印権大僧都となる。覚盛とともに戒律の復興をはかり,また東大寺知足院を再興するなど仏教興隆に尽力した。主著『真心要決』『因明大疏私鈔』『観心覚夢鈔』『宗鏡録要義』。

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世界大百科事典 第2版の解説

りょうへん【良遍】

1184‐1252(元暦1‐建長4)
鎌倉期の法相宗学僧。字は信願。三位已講(いこう),蓮阿とも称した。京都の人。興福寺勝願院に入り,光明院覚遍につき法相・因明(論理学)を修学した。1221年(承久3)維摩(ゆいま)会の問者,29年(寛喜1)5月の宮中の最勝講に問者をつとめ,翌年維摩会の講師をへてのち法印権大僧都に任ぜられた。31年大和国生駒の竹林寺に隠棲し,唐招提寺覚盛について具足戒を受けたのち律宗について修学し,浄土教にも深い関心をよせ,大和白毫(びやくごう)寺に安養の世界を求めて隠遁した。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について 情報

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