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凝然 ぎょうねん

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

凝然
ぎょうねん

[生]仁治1(1240).3.6. 伊予
[没]元亨1(1321).9.5. 奈良
鎌倉時代の華厳宗の僧。 18歳で出家,以後東大寺戒壇院で講じた。仏教諸宗のほか中国古典にも広く通じており著書は一千余巻に達した。華厳関係が中心であるが,仏教概論として有名な『八宗綱要』 (2巻) ,『内典塵露章』 (1巻) などもある。

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デジタル大辞泉の解説

ぎょう‐ぜん【凝然】

[ト・タル][文][形動タリ]じっとして動かないさま。
「―として彫塑の如く佇(たたず)めり」〈芥川・開化の殺人〉

ぎょうねん【凝然】

[1240~1321]鎌倉後期の華厳宗の僧。伊予の人。字(あざな)は示観。各宗の教義精通後宇多上皇菩薩戒を授け、東大寺戒壇院長老となった。著述1200余巻といわれ、「八宗綱要」「浄土源流(げんる)章」「三国仏法伝通縁起」などがある。

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百科事典マイペディアの解説

凝然【ぎょうねん】

鎌倉時代の学僧。伊予(いよ)の人。大徳と敬称。18歳で東大寺戒壇院で受戒,以後律宗を研究するかたわら,華厳(けごん)・浄土などを修めた。著書《八宗綱要》《三国仏法伝通縁起》《五教章通路記》等。
→関連項目華厳宗宗性東大寺図書館

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

凝然 ぎょうねん

1240-1321 鎌倉時代の僧。
延応2年3月6日生まれ。延暦寺(えんりゃくじ)戒壇院で受戒し,奈良東大寺の円照師事。華厳(けごん),倶舎(くしゃ),律,三論,法相(ほっそう),天台,真言,禅の各宗に精通した学僧として知られ,「八宗綱要」「三国仏法伝通縁起」など広範囲にわたる著作をのこした。東大寺戒壇院長老,唐招提寺長老。元亨(げんこう)元年9月5日死去。82歳。伊予(いよ)(愛媛県)出身。諡号(しごう)は示観国師。

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朝日日本歴史人物事典の解説

凝然

没年:元亨1.9.5(1321.9.26)
生年:仁治1.3.6(1240.3.30)
鎌倉後期の律僧。優れた記憶力を持ち「歩く仏教百科全書」といえるほど諸宗の教学・歴史に精通。諱 は然,字は示観房。伊予国越智郡(愛媛県今治市)藤原氏の出身。16歳のときに延暦寺戒壇院(滋賀県大津市)で受戒し,18歳のときには東大寺戒壇院(奈良市)で受戒する。20歳で遁世し,唐招提寺系の律僧である円照を師とする。彼は律僧で華厳などを兼学する僧であった。律・華厳・法相・天台・浄土などの諸宗に通じ,『八宗綱要』,『三国仏法伝通縁起』などの著書があり,その数は127部1200巻余といわれる。唐招提寺,東大寺戒壇院の長老となる。<参考文献>新藤晋海編『凝然大徳事蹟梗概』

(松尾剛次)

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世界大百科事典 第2版の解説

ぎょうねん【凝然】

1240‐1321(仁治1‐元亨1)
鎌倉中期の東大寺戒壇院の僧侶。示観房と号する。凝然大徳,示観国師と敬称する。伊予国高橋郷に生まれ,1255年(建長7)比叡山で菩薩戒を受け,18歳のとき東大寺戒壇院で受戒,以後師円照に師事して律宗を研究するかたわら,華厳を当寺尊勝院宗性に,真言を円照の兄聖守などに,浄土を法然の高足九品寺の長西に,さらに禅・北京律を東福寺・泉涌寺において研修した。29歳で《八宗綱要》を著作してから82歳で没するまで,その著書は実に120余部,1200余巻にも及んだと伝え,内典(仏典)のみでなく,音楽・諸子百家にも該通した希代の学僧であった。

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大辞林 第三版の解説

ぎょうぜん【凝然】

( トタル ) [文] 形動タリ 
じっと動かずにいるさま。 「 -として立ち尽くす」 「在りけるままに-と坐したり/金色夜叉 紅葉

ぎょうねん【凝然】

1240~1321) 鎌倉時代の華厳宗の僧。伊予の人。円照ほかに師事。東大寺戒壇院の長老となり、国師号を与えられる。諸宗に詳しく仏教以外の思想にも通じた。著「八宗綱要」「三国仏法伝通縁起」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

凝然
ぎょうねん
(1240―1321)

鎌倉後期の東大寺戒壇院(かいだんいん)の学僧。姓は藤原氏。房号(ぼうごう)は示観(じかん)。伊予国(愛媛県)越智(おち)郡高橋郷の人。16歳のとき比叡山(ひえいざん)で菩薩戒(ぼさつかい)を受け、18歳で東大寺戒壇院に登壇し受戒した。その後、円照(えんしょう)、証玄(しょうげん)(1220―1292)に戒律、長西(ちょうさい)(1184―1266)に浄土教、宗性(そうしょう)(1202―1278)に唯識(ゆいしき)と華厳(けごん)、聖守(しょうしゅ)(1219―1291)に真言を学び、禅にも関心を示すとともに、国史、儒学、諸子百家の外典(げてん)にも精通していた。円照に次いで戒壇院長老となり、学問即行の立場で著述に専念するとともに、後学の指導にあたり、華厳、戒律の宣揚に努めた。著書は諸宗にわたり、『八宗綱要(はっしゅうこうよう)』をはじめ127部1200余巻を数えるが、『華厳探玄記洞幽鈔(たんげんきとうゆうしょう)』『梵網経疏日珠鈔(ぼんもうきょうしょにっしゅしょう)』など大著が多い。また三経義疏(さんぎょうぎしょ)の注釈、『三国仏法伝通(でんづう)縁起』など史伝や、声明(しょうみょう)などにまで及んでいる。元亨(げんこう)元年9月5日82歳で戒壇院に没す。[納冨常天]
『『凝然大徳事績梗概』(1971・東大寺教学部) ▽『愛媛文化双書14 沙門凝然』(1972・同書刊行会)』

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367日誕生日大事典の解説

凝然 (ぎょうねん)

生年月日:1240年3月6日
鎌倉時代後期の律僧;東大寺戒壇院主
1321年没

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世界大百科事典内の凝然の言及

【三国仏法伝通縁起】より

…3国すなわちインド,中国,日本における仏法伝通に関して述べた仏教史。東大寺凝然の著。3巻。…

【浄土法門源流章】より

凝然(ぎようねん)著。1311年(応長1)東大寺戒壇院で述作。…

【八宗綱要】より

…東大寺戒壇院の学僧凝然(ぎようねん)が,1268年(文永5)1月,故郷の伊予国円明寺で,日本の八宗について概説した著作。上下2巻よりなる。…

※「凝然」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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