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冨田勲 とみたいさお

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知恵蔵miniの解説

冨田勲

作曲家、編曲家、シンセサイザー奏者。1932年4月22日、東京都杉並区生まれ。幼少時を中国北京で過ごし、39年帰国。慶應義塾高等学校時代より作曲を始め、慶應義塾大学文学部在学中よりテレビ番組や映画などの音楽を手がけた。71年、アナログシンセサイザーを購入し、74年にシンセサイザーを用いたデビューアルバム「月の光」(US盤の名称は「Snowflakes Are Dancing」)を発表。日本人で初めてグラミー賞ノミネート(4部門)を果たした。立て続けに、クラシック音楽をシンセサイザーで編曲・演奏した「展覧会の絵」「惑星」をリリースし、米ビルボード誌のクラシカルアルバムチャート3連続第1位を達成。アルバムは、96年の「バッハファンタジー」に至るまで世界的ヒットを記録している。その後も、国内外を問わず、壮大なスケールの音楽イベントを開催するなど、シンセサイザーを中心としたミュージックシーンをリードし続けている。

(2013-2-6)

冨田勲

シンセサイザーを使った電子音楽第一人者で、世界的に知られた音響作家・作編曲家・シンセサイザー奏者。1932年東京都出身。慶応大在学中、朝日新聞社主催の合唱コンクール課題曲に応募し1位となったことがきっかけで作曲の道へと進み、NHKの「きょうの料理」「新日本紀行」や大河ドラマ第1作である「花の生涯」などの音楽を担当する。テレビアニメジャングル大帝」「リボンの騎士」の音楽も手掛け注目された。71年に渡米して、米国で開発されたばかりのモーグ・シンセサイザーを日本に紹介し、本格的な電子音楽の文化を広めた。74年には日本人では初めて米グラミー賞にノミネートされ、その後もたびたび候補になり、世界的な電子音楽制作者の地位を確立した。2003年には映画「たそがれ清兵衛」で日本アカデミー賞最優秀音楽賞。12年に宮沢賢治に着想を得た「イーハトーヴ交響曲」を発表する。15年度、国際交流基金賞受賞。2016年5月2日、慢性心不全のため東京都内の病院で死亡。享年84。

(2016-5-10)

出典|(株)朝日新聞出版発行
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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

冨田勲 とみた-いさお

1932- 昭和後期-平成時代の作曲家,編曲家。
昭和7年4月22日生まれ。独学でシンセサイザーによる作曲を手がける。クラシックの名曲をシンセサイザーで編曲。昭和49年「月の光」(ドビュッシー作曲)がアメリカでクラシック部門のベストセラーとなるなど,シンセサイザー音楽の普及に貢献。NHK大河ドラマテーマ音楽,映画音楽も手がける。平成11年メディアアーティスト協会創設に参加。24年朝日賞。東京出身。慶大卒。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

冨田勲
とみたいさお
(1932―2016)

作曲家、編曲家、シンセサイザー奏者。東京生まれ。1955年(昭和30)慶応義塾大学文学部美学美術史専攻を卒業。作曲を平尾貴四男(きしお)(1907―1953)、小船幸次郎(こぶねこうじろう)(1907―1982)に師事。1961年より『花の生涯』『天と地と』『新日本紀行』などのテレビドラマやドキュメンタリー番組の音楽を手がける。1966年(昭和41)にはテレビアニメの『ジャングル大帝』『リボンの騎士』の音楽を担当し、高い人気をよんだ。1974年テレビ文化の向上に貢献したとしてテレビ大賞を受賞。1970年代よりシンセサイザーによる作・編曲、演奏に着手。ドビュッシーの曲をシンセサイザーで編曲したアルバム『月の光』Snowflakes are dancing(1974)で世界的ヒットを記録し、全米レコード販売者協会(NARM)のクラシック部門最優秀クラシカル・レコードに選出される。以降、『展覧会の絵』『火の鳥』(1975)、『惑星』(1976)などヒット作を発表、シンセサイザー音楽の第一人者として知られる。1975年アメリカ『ビルボード』誌よりベスト・クラシカル・アーティスト賞、1979年にはアメリカ『コンテンポラリー・キーボード』誌よりベスト・スタジオ・シンセシスト賞を受賞。シンセサイザーやレーザー光などを駆使した大規模な音響イベントを世界各地で開き、1982年および1984年にアルス・エレクトロニカ音楽祭(オーストリア)、1986年に自由の女神100年祭(アメリカ)に参加するなど、テクノロジー・アートの第一線で活躍した。演奏会用作品に『源氏物語幻想交響絵巻』(2001)などがある。1975年(昭和50)日本レコード大賞企画賞、2001年(平成13)放送文化賞を受賞。[楢崎洋子]
『赤川次郎著『同時代を語る――11のカルチュア対話』(1987・岩波書店) ▽冨田勲・細野晴臣他著『ムーグ・ノイマン・バッハ』(1988・日本ソフトバンク) ▽VANDA編『ソフト・ロックin JAPAN』(2001・音楽之友社)』

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世界大百科事典内の冨田勲の言及

【シンセサイザー】より

…68年にカーロスWalter Carlosがこれを用いてバッハの音楽を合成したLPレコードは新しい音の世界の到来を示し注目された。続いて日本の冨田勲(1932‐)がドビュッシーの曲による合成音楽を作り,シンセサイザーの音は急速に世に広まった。最近では集積回路の出現により装置の改良とコストダウンが進み,小型化,機能の複雑化が見られる。…

※「冨田勲」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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