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冷泉為恭 れいぜい ためちか

美術人名辞典の解説

冷泉為恭

江戸後期・幕末の復古大和絵画家。狩野永泰の子。幼少より画を好み、古社寺の古画を研究、また知恩院の法然上人絵伝を三度臨写して土佐派を修得する。田中訥言浮田一蕙を慕い、有職故実に精しく、設色緻密の殿上人を能く描く。書も上代様を能くする。のち蔵人所岡田氏を嗣ぎ従五位下、近江守に任じられた。元治元年(1864)歿、42才。

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百科事典マイペディアの解説

冷泉為恭【れいぜいためちか】

岡田為恭

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

冷泉為恭
れいぜいためちか

[生]文政6(1823).9.17. 京都
[没]元治1(1864).5.5. 大和
江戸時代後期の復古やまと絵派の画家。狩野永泰の子で永岳の甥。初め冷泉三郎と自称,のち蔵人所衆の岡田氏の養子となる。狩野派を好まず独力でやまと絵を修得,20歳頃から一家をなした。復古やまと絵派のなかでは最も本格的な画技を身につけ,画域も広く,気品に富む作品が多い。『法然上人絵伝』『春日権現霊験記』を模写するなど古典作品の手法を精力的に研究するあまり,古画や古書を所蔵する幕府関係の屋敷へ出入りしたため,勤王派の誤解を受け 40歳のとき暗殺された。主要作品は大樹寺障壁画,『大江定基図』 (東京国立博物館) ,『山越阿弥陀図』 (大倉集古館) 。

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世界大百科事典内の冷泉為恭の言及

【岡田為恭】より

…幕末に活躍した復古大和絵派の画家。京狩野の画家狩野永泰の子で京で生まれた。若年から画才を発揮したが狩野の画風になじまず,《源頼朝像》などの肖像画や仏画,《法然上人絵伝》《春日権現霊験記》をはじめとする古典絵巻の膨大な模写を行って,やまと絵の技法表現を学んだ。冷泉(れいぜい)や菅原姓を名のり朝廷の官位に執着した為恭は,有職故実にも通じ生活全般にわたって尚古趣味が強い。佐幕派と誤解され大和丹波で勤王の浪士に斬殺された。…

※「冷泉為恭」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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