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前田検校 まえだけんぎょう

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

前田検校
まえだけんぎょう

[生]?
[没]明暦2 (1656).11.29.
江戸時代初期の盲人音楽家。平曲前田流流祖。一説に貞享2(1685)年没。都名(いちな)は九一(くいち)。師は松本検校鏡一門下の高山検校誕一(丹一とも)といわれているが,検校登官年月は不詳。江戸幕府 3代将軍徳川家光や 5代徳川綱吉恩顧を受け,1世江戸宗匠であった波多野検校のあとを継いで 2世江戸宗匠となった。織田信長の弟で茶人として知られた織田有楽斎とも親交があった。前田流は山下検校,吉沢検校,桐山検校らの名人が輩出し,流勢は波多野流をしのいだ。今日わずかに伝承されている名古屋,津軽の平曲も前田流の系統である。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

前田検校 まえだけんぎょう

?-1685 江戸時代前期の平曲家(平家琵琶(びわ)家)。
前田流の祖。一方(いちかた)流の高山検校の門人。波多野検校の跡をついで2代江戸宗匠となる。詞章改訂を批判し,師伝を尊重した。貞享(じょうきょう)2年11月29日死去。名は九一(きゅういち)。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

世界大百科事典 第2版の解説

まえだけんぎょう【前田検校】

?‐1685(貞享2)
江戸初期の平曲家。前田流の流祖。没年は1656年(明暦2)ともいう。名は九一(きゆういち)。一方流(いちかたりゆう)師道派の高山誕一検校の門人で,江戸時代初期に活躍した。同じ一方流の波多野検校はじめ,時の一方検校衆によって,平曲の詞章や曲節が吟味改訂されたとき,前田検校は師の高山検校の方針を受け継いで改訂に反対し,彼の率いる一派は前田流と呼ばれた。前田検校の詳しい経歴は明らかでないが,館山漸之進の《平家音楽史》によると,もと織田有楽斎(うらくさい)に仕えたが,京都で平曲の腕を磨いたのち,江戸に移り,波多野検校と並んで徳川家光の寵遇(ちようぐう)を得,波多野検校に次いで2世江戸宗匠を務めた。

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について 情報

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