前頭連合野(読み)ぜんとうれんごうや(英語表記)prefrontal association area

最新 心理学事典の解説

ぜんとうれんごうや
前頭連合野
prefrontal association area

ヒトの大脳で感覚野,運動野には属さない部位を連合野association areaとよぶ。脳の後方の頭頂葉,側頭葉に位置する連合野として頭頂連合野parietal association area,側頭連合野temporal association areaがある。前方の前頭葉frontal lobeに位置する連合野が前頭連合野とよばれる。この部位は前頭前野,あるいは前頭前皮質とよばれることもある。前頭葉には前頭連合野とともに運動野,運動前野が含まれるが,前頭連合野そのものを前頭葉とよぶこともある。さらにこの脳部位は,その第Ⅳ層に顆粒状の細胞が密に存在するという特徴から前頭顆粒皮質frontal granular cortexともよばれる。

【前頭連合野の成り立ち】 前頭連合野には,側頭連合野,頭頂連合野などの後連合野からの入力があり,ほとんどあらゆる感覚刺激に関して高次な処理を受けた情報が集まっている。また,背内側核を中心とした視床,帯状回や海馬,扁桃核などの大脳辺縁系,それに視床下部,中脳網様体などからも線維連絡を受けており,動機づけや覚醒状態に関する情報の入力もある。なお,前頭連合野とこれらの部位の線維連絡は一方通行ではなく,双方向に認められる。さらに前頭連合野は,前頭葉内に位置し,運動性連合野である運動前野と補足運動野,それに大脳基底核basal gangliaの尾状核,被殻,淡蒼球などとも相互に線維連絡がある。

 前頭連合野の大脳に占める割合は,系統発生的phylogeneticに進化した哺乳動物ほど大きくなっており,ネコで3.5%,イヌで7%,サルで11.5%,チンパンジーで17%であるのに対し,ヒトでは29%を占めるに至っている。ヒトは他の動物に比べて脳そのものも大きくなっているので,前頭連合野がヒトではいかに大きくなっているのかがわかる。個体発生的ontogeneticにも,前頭連合野は成熟が最も遅い脳部位の一つに挙げられるが,逆に老化に伴って最も早く機能低下の起こる部位としても知られている。つまり前頭連合野が,その機能を十全に発揮できる期間は人生の中でかなり限られている。

 前頭連合野は認知・実行機能cognitive/executive functionと情動・動機づけ機能emotional/motivational functionを併せもっている。

 前頭連合野は図1に示すように,大きく外側部lateral,眼窩部orbital,内側部medialに分けられる。眼窩部はとくに前頭眼窩野orbitofrontal cortexともよばれる。外側部はワーキングメモリ,反応抑制,行動の切り替え,プランニング,推論などの認知・実行機能を主に担っている。眼窩部は情動・動機づけ機能とそれに基づく意思決定過程に重要な役割を果たしている。内側部は社会的行動を支えるとともに,葛藤の解決や報酬に基づく選択など,多様な機能に関係している。前頭連合野は全体として「定型的反応様式では対応できないような状況において,認知的,動機づけ状況を把握し,それに対して適切な判断を行ない,行動を適応的に組織化する」というような役割を果たしている。

【前頭連合野の損傷事例】 前頭連合野に損傷を受けるとどのような障害が現われるのかを示すものとして,アメリカ人のフィネアス・ゲージPhineas Gageの有名な例がある。「彼はバランスの取れた心をもち,仕事をきわめて精力的かつ粘り強くこなす,敏腕で頭の切れる男として尊敬されていた」。しかし,大きな鉄の棒が頭蓋骨を突き破るという爆発事故に見舞われ,前頭連合野を中心とした脳部位に大きな損傷を受けた。彼の主治医であったハーローHarlow,J.M.(1848)によると,「事故後の彼の身体的な健康状態は良好である。しかし,知性と衝動とのバランスは破壊されてしまったようだ。彼は発作的で,無礼で,時折ひどくばちあたりな行為に走る。自分の欲求に相反する束縛や忠告に我慢がならない。どうしようもないほど頑固になったかと思うと,移り気に戻るし,優柔不断で,将来の行動をあれこれ考えはするが,計画を立ててはすぐにやめてしまう」という状態になってしまった。

 現在のような向精神薬がなかった時代には,精神病の治療法として有効なものはほとんどないに等しい状態であった。1930年代に,前頭連合野を取り去ったチンパンジーがたいへんおとなしくなったという動物実験の報告がなされたことから,それに基づいて強度の興奮あるいは不安症状をもつ精神病患者に対して前頭連合野を取り去るという脳手術が試みられた。それが前頭葉ロボトミーfrontal lobotomyである。手術の結果,一部の患者では症状の改善が見られたと報告されたことから,世界で約5万人に対しこの手術が行なわれた。しかし,その後この手術が意欲の欠如,パーソナリティの崩壊などをもたらすことも明らかになり,現在ではこの手術はまったく行なわれていない。

【記憶・思考と前頭連合野外側部】 前頭連合野に損傷を受けても,一般に健忘症amnesiaのような記憶障害は生じない。しかし,いつ,どこかである事柄をしなければならないという将来の予定に関する記憶(展望記憶prospective memory)の障害,あるいは情報をいつ,どこで得たのかという記憶(出典記憶source memory)の障害,そして時間を隔てて生起した事柄の,どちらが先に起こったのかという順序の記憶temporal order memoryの障害は見られる。

 前頭連合野が最も大きくかかわる記憶の種類がワーキングメモリworking memoryである。ヒトで用いられるワーキングメモリ課題の典型の一つに,n-バック課題n-back taskとよばれるものがある。この課題では一定間隔をおいて次々に刺激が呈示されるが,被験者はそれぞれの刺激が呈示されるたびに,それがn個前のものと同じか違うかの判断をすることを求められる。nが3の場合を例に取ると,刺激が呈示されて比較が終わった時点では3個前のものを忘れ去り(リセットし),2個前と1個前に呈示された刺激を保持しつつ,呈示されたばかりの刺激を新たに頭の中に入れるという操作を繰り返すことを要求される。前頭連合野損傷患者はこの課題で著しい障害を示す。ヒトの非侵襲的脳機能研究によると,n-バック課題に関係して,前頭連合野外側部で顕著な活性化が見られる。

 サルで試みられるワーキングメモリ課題の典型として遅延反応delayed responseがある。この課題では,いったん呈示された刺激が消えた後に,その内容を保持し,それに基づいて適切な反応が求められる。前頭連合野破壊ザルは,この課題の遂行に著しい障害を示す。前頭連合野からニューロン活動を記録すると,遅延期間中に活動の上昇を示すとともに,保持すべき内容を反映した活動を示すものが多数見いだされる。

 前頭連合野損傷患者は,プランニングや推論に障害を示すことが多い。非侵襲的脳機能研究によると,プランニングに関係して前頭連合野外側部で活性化が見られるが,とくにその中でも外側部のいちばん前に位置する前頭極frontal poleでは活性化がよく見られる。一方,被験者が十分にこの課題の練習をして熟達してくると,前頭連合野の活動性は小さくなり,代わりに大脳基底核の活動性が大きくなる。推論に関係した非侵襲的脳機能研究でもこの前頭極の活性化を報告するものが多い。前頭極は,いくつかの処理を並行的に行なう,関係性の統合を行なうなど,ワーキングメモリ負荷の高い条件で推論を行なうときに重要な役割を果たしていると考えられる。

【反応の抑制・切り替えと前頭連合野外側部】 ゴー・ノーゴー課題go/no-go taskではある刺激に一定の運動反応(ゴー反応)をし,別の刺激には運動反応を一切しないようにする(ノーゴー反応)ことが要求される。前頭連合野損傷患者は,ノーゴー反応が求められても,運動反応をしないように抑制することが困難である。ヒトの非侵襲的脳機能研究では,ノーゴーという行動抑制に関係して前頭連合野外側部のとくに下部で活性化が見られる。サルの前頭連合野にも,ノーゴー反応が要求されたときに選択的に活動を示すニューロンが多数見いだされる。

 前頭連合野損傷患者はまた,反応基準の切り替えset shiftingを要求される事態で障害を示す。反応基準の切り替えに関係して最もよく用いられる課題にウィスコンシン・カード分類課題Wisconsin card sorting task(WCST)がある。これは,図2のように色(赤,緑,黄,青),形(三角,星,十字,丸),数(1,2,3,4)がそれぞれ違う128枚のカードを,被験者に色か形か数のどれか一つを基準に分類していくことを求めるものである。被験者は分類の基準については教えられない。正答が6回続くと,被験者に知らせることなく突然分類の基準が変えられるので,被験者はフィードバックに従って新しい分類基準を見いだし,それに基づいて反応しなければならない。

 前頭連合野損傷患者は,分類の基準が変わっても,いつまでも前の基準に固執する傾向を示す。この課題遂行のうえで最も重要な「分類基準の切り替え」には「左側」前頭連合野外側部の下方後ろ寄りが重要な役割をもつとされる。なお,とくに基準が変わった後に,以前の基準に基づく反応を抑制するうえでは,前頭極の重要性が指摘されている。

【眼窩部の情動・動機づけ機能と意思決定】 前頭連合野損傷患者では,前述のフィネアス・ゲージに典型的に見られたように情動行動に異常が見られるとともに,前頭葉ロボトミー手術後の患者によく見られるように,パーソナリティが浅薄でルーズになる傾向がある。こうした症状は,とくに眼窩部に損傷を受けた患者に顕著に見られる。また眼窩部の損傷患者は,何かが目に入ると,それで何かしなさいとも,手を触れていいとも言われていないのに,躊躇なくそれを取り上げ,いじる,というような行動(利用行動utilization behavior)も示す傾向がある(Lhermitte,F.A.,1983)。

 ヒトにおける非侵襲的脳機能研究によると,好ましい刺激や嫌悪刺激の呈示に対して前頭連合野眼窩部は活性化するとともに,そうした刺激の期待・予期過程に関しても活性化を示す。さらにこの脳部位は社会的刺激に応じて活性化を示すとともに,疲労に関係した活動変化も示す。

 サルの前頭連合野眼窩部でも,報酬や嫌悪刺激に応答したり,そうした刺激の予測・期待に関係して予期的な活動変化を示したりするニューロンが見いだされる。また,報酬の好ましさの評価にかかわるニューロンも見られる。

 われわれは日々,いろいろな意思決定場面に遭遇するが,「これしかない」というような解は見つからない場合も多い。そうした状況でヒトはよく論理的な道筋に沿うよりも,かなりの部分を背後の知識,文脈,期待,そのときの感情などに依存した,直感的でヒューリスティックheuristicな意思決定decision makingを行なう傾向にある(Tversky,A.,& Kahneman,D.,1974)。

 こうしたヒューリスティックな意思決定には,前頭連合野の眼窩部と内側部の一部を含む前頭連合野の前の方(腹内側部ventrolateral)が重要な役割を果たしている。ダマジオDamasio,A.R.はその著『デカルト・エラーDecartes'error』(1994)の中で,脳腫瘍のためこの脳部位の切除手術を受けた結果,「当面している事態の重要性を評価したり,これからやらなければならない事柄の間に優先順位をつけたりする場合,社会的な常識から大きくかけ離れた判断をしてしまう」ようになった患者の例を紹介している。

 ダマジオはこうした障害のメカニズムについてソマティック・マーカー仮説somatic marker hypothesisを提唱している。彼は情動,動機づけにはつねに「身体的,内臓系の反応」(ソマティック反応)が付随すると考えた。そして,⑴前頭連合野腹内側部は外的な刺激とそれに伴う情動,動機づけを連合する場所と考えられる。⑵この連合が成立している場合には,外的な刺激が認知されると,腹内側部でその連合に基づいたソマティック反応を身体,内臓系に生じさせる信号が出るが,その信号は良い,あるいは悪いという価値に従いマークされている。⑶このマーク機能は意思決定を効率的にするように作用する,と考えた。腹内側部に損傷をもつ患者では,外部状況が認知されても通常なら生起するソマティック・マーカーが起こらないため,マーカーがあれば可能であるような迅速,適切な行動ができなくなると考えるわけである。ダマジオの説は,思考における感情の果たす役割や,無意識的判断というものについて神経的基礎を与えるもので,大いに注目を集めているが,実証されているとはいいがたく,批判も少なくない。

【社会的認知,葛藤への対処と前頭連合野内側部】 前部帯状皮質anterior cingulate cortex(図1)を含む前頭連合野内側部は,苦痛の評価や,何かをなすのに必要な労力の評価などとともに,報酬の有無などの反応結果に基づいて次の選択反応を導く役割をもっている。さらに他人への共感や相手の考えや気持ちを推測する(心の理論theory of mind)という社会的認知にも関係しており,社会性を支えるのに重要な役割を果たしている。また,この部位はエラー検出や葛藤の対処にも関係している。色名文字が別の色で印刷されている刺激の色名を答えさせるストループ課題stroop taskは葛藤を含む課題であるが,前頭連合野損傷患者ではその遂行に障害が見られる。非侵襲的脳機能研究において,色と文字が一致しない場合に色名を答えるときは,一致する場合に色名を答えるときと比較して,前部帯状皮質と前頭連合野外側部で活性化が見られる。前部帯状皮質は「葛藤のモニターと解決」にかかわり,前頭連合野外側部はそれに基づき行動制御を行なっているのではないかと考えられている。「小さいが手に入れやすい報酬と,大きいが手に入れにくい報酬の選択」という葛藤を含む意思決定を要求するセルフコントロール課題self-control taskにおいても,前頭連合野内側部,眼窩部の活性化が見られる。葛藤を含むことが多い道徳的判断場面でも,前頭連合野の内側部において活性化が見られる。

【前頭連合野の統合機能と神経伝達物質】 前頭連合野は多様な高次機能に関係しており,外側部,眼窩部,内側部の間には大まかな機能分化も見られる。こうした各部位の働きはもちろん独立になされるのではなく,相互の関係の中で情報は統合され,適応行動が支えられている。ヒトの非侵襲的脳機能研究においては,刺激呈示前に視覚野や聴覚野で活動性の変容が見られるときには,前頭連合野を含む前頭葉の多くの部位が活性化することが示されている。こうした大脳後部における活動性の変容は,前頭連合野からのトップダウン信号top-down signalを受けた結果生じたのではないかと想定される。こうしたトップダウン信号は,課題に関係した刺激の処理を効率化することにより,適切な反応に導くという役割を担っていると考えられる。

 認知と情動,動機づけは相互作用することが知られている。たとえば,被験者の情動を操作することにより,前頭連合野の活動性が変化するとともに,ワーキングメモリ課題の成績も変化することが示されている。このワーキングメモリと情動,動機づけの統合は,前頭連合野の外側部,とくにその前頭極でより顕著に認められる。こうした前頭連合野における活動は,トップダウン信号として脳の後ろの部位に伝えられ,行動制御に重要な役割を果たしていると考えられる。サルのニューロンレベルの研究でも,より好ましい報酬が期待できるときには,前頭連合野ニューロンにおいてワーキングメモリに関係した活動が促進され,正解率も上昇することが示されている。

 前頭連合野の高次機能は神経伝達物質のドーパミン,セロトニン,ノルエピネフリン,GABA(ガンマアミノ酪酸)などによって支えられている。これらの物質が欠乏すると,ヒトはワーキングメモリ課題の遂行,プランニング,意思決定や反応抑制の障害を示したり,情動障害を示したりする。

 ドーパミンは大脳皮質の中では前頭葉に最も多く分布している。ドーパミンの働きの異常に関係した病気であるパーキンソン病や統合失調症の患者は,前頭連合野機能に関係した課題で成績が悪くなる。サルの前頭連合野にドーパミンの阻害剤を投与してドーパミンを枯渇させると,サルは前頭連合野が関係するいろいろな課題ができなくなる。一方,ドーパミンは欠乏だけでなく,多すぎてもこうした課題遂行に障害を起こす。前頭連合野が効率的に働くためには,ドーパミン量が最適レベルにある必要があると考えられている。強いストレスは前頭連合野内のドーパミン濃度を上昇させる一方,老化に伴って前頭連合野内のドーパミン濃度は減少する。どちらの場合も前頭連合野の働きは低下するが,濃度を適度に下げる,あるいは上げるような薬物を投与すると,ヒトでもサルでも前頭連合野は効率的に働くようになる。

 セロトニンは情動のコントロールに重要な役割を果たし,とくにうつ病と関連が深い神経伝達物質である。PET(ポジトロン断層撮影法)研究によると,うつ病患者では眼窩部や内側部においてセロトニンの働きの低下が見られる。うつ病治療に用いられる薬物の多くは,前頭連合野のセロトニンの働きを高めるように作用する。セロトニンを神経伝達物質とするニューロンは,長期の報酬予測の制御に関係している。うつ病患者では,とくに前頭連合野眼窩部の脳内セロトニン低下により長期予測機能が低下しており,結果として目先のことしか考えられない短期的思考になり,将来に希望がもてなくなるという仮説も提示されている。 →意思決定 →記憶 →社会脳 →神経系 →側頭連合野 →大脳基底核 →頭頂連合野 →ワーキングメモリ
〔渡邊 正孝〕

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