側頭連合野(読み)そくとうれんごうや(英語表記)temporal association area

最新 心理学事典の解説

そくとうれんごうや
側頭連合野
temporal association area

ヒトの大脳で感覚野,運動野に属さない部位を連合野association areaとよぶ。側頭連合野は,脳の後方の側頭葉temporal lobeに位置する連合野である。

 連合野は,哺乳類でも下等なものではその範囲が狭く,齧歯類では嗅脳に接するわずかな部分のみであるが,霊長類,とくにマカクザル,チンパンジー,ヒトと高等になるにつれて広い領域を占めるようになる。また連合野では,生後に起こる神経線維の髄鞘化myelinationが感覚野や運動野よりも遅い。ヒトの胎児や新生児の大脳皮質神経線維の髄鞘化を調べたフレクシッヒFlechsig,P.によれば,大脳皮質の入力や出力に直結している感覚野と運動野では出生時より髄鞘化が始まっているのに対して,連合野では生後1年くらいまでの間にゆっくりと髄鞘化が始まり,完成するのは10歳前後以後であるという。フレクシッヒは,連合野が系統発生的に見てより新しく高次脳機能を営む皮質であると考え,諸感覚を連合する皮質として連合野と名づけた。

【側頭連合野の概観】 大脳皮質はその位置により前頭葉,頭頂葉,側頭葉,後頭葉に分けられる。側頭葉は,前頭葉および頭頂葉に対して外側溝lateral sulcusの後下方,また後頭葉に対して頭頂後頭溝から後頭前切痕(後頭葉のいちばん後ろ寄り約4㎝前方にある大脳外側面下端のくぼみ)に引いた線の前である。側頭葉は,一次聴覚野primary auditory cortex(ブロードマンの41野)を除けば,その大部分が連合野であり,ヒトでは上側頭回superior temporal gyrusのブロードマンの22野と,側頭葉横回の42野,中側頭回の21野,下側頭回の20野および後頭連合野19野の前の37野を含む。マカクザルではこの37野を,20野と21野と合わせて下側頭葉inferior temporal cortex(IT)とよぶ。またヒト左半球の上側頭回後部(22野および42野の一部)はウェルニッケ野Wernicke's area(感覚性言語野sensory speech area)であり,この部分の損傷により聴覚的な言語理解が著しく障害される。右半球の対応部位は,音楽など言語以外の音の認知にかかわる。

【臨床所見】 カナダの脳神経外科医ペンフィールドPenfield,W.G.は,覚醒している脳外科手術中の患者の大脳皮質のさまざまの部位を電気刺激し,皮質機能を調べた。側頭連合野の電気刺激によって特異的に出現した患者の反応は,錯聴,錯視,認知の錯覚,感情の錯誤など現実の認知体験の変容や,過去に実際に体験したこと,母親の声,見知った光景がフラッシュバックするなど認知的記憶の再現だった。したがって,上側頭回の聴覚連合野や,中側頭回・下側頭回の視覚連合野は,聴覚認知,視覚認知に必要なイメージ処理を担うとともに,視聴覚を通じて体験したことの記憶にも関与する。

 また,扁桃体および海馬など側頭葉内側部の辺縁系を含む両側側頭葉の損傷はクリューバー-ビューシー症候群Klüver-Bucy syndromeとよばれる症状を起こし,ヒトでは記憶障害,精神盲(視覚的失認),情動盲(感情鈍麻や恐怖感の消失),食欲・性欲の異常亢進などを主な症状とする。サルやネコでもこの領域を両側性に破壊すると類似の症候群が見られる。これらの症状の多くは,海馬を含む記憶機構の障害と,下側頭皮質における視覚情報処理の障害に基づき,扁桃体においてその生物学的意味づけができなくなることによると考えられる。

【高次視覚認知】 霊長類では,下側頭葉(IT)は,大脳皮質の2系の視覚情報処理経路,すなわち背側視覚路dorsal pathwayと腹側視覚路ventral pathwayのうち,腹側視覚路(物体視経路)の最終ステージであり,物体の詳細な形態や質感・肌理などを分析して,その物体がどのようなカテゴリーに属し,自身とどのような関係にあるかを知り,またその視覚的記憶を保持・参照して,認知的判断を行なうために重要な機能を担う。ITの損傷は,異なる図形や物体を見分けて反応する視覚弁別課題や色弁別課題に重篤な障害をもたらす。ITはV4より入力を受ける。受容野はV4からIT内の処理を経るにつれて大きくなり,初期視覚野に比べて,自然環境内の物体の全体や部分の形状に近い複雑な刺激に応答するようになる。また,ITとV4には特定の色のついた形や,細かな両眼視差に鋭い選択性を示すニューロンneuronが多い。さらに,一部のニューロンは顔の写真や絵に選択的に応答する(顔細胞face cell)。このような性質はヒトの中下側頭回の機能とよく似ている。

 ヒトが下側頭葉を損傷すると,見た物が何であるのかがわからない視覚失認visual agnosia という特徴的な障害が起こる。視覚失認は,色覚障害color disturbance,画像失認picture agnosia,相貌失認prosopagnosiaなどを含む。とくに下側頭葉底部の紡錘状回顔領域fusiform face area(FFA)は顔認識に重要であり,この領域を損傷すると,親しい人の顔であれ,自分の顔であれ,顔が認識できなくなる相貌失認の症状を呈する。またFFAの後方に隣接し,視覚前野のV4前方にあるV8と命名されている紡錘状回の一部は色感受性領野であり,記憶を含めて物体の色認知に関する処理を行なっている。V8の損傷は,視力低下を伴わずに色認知ができなくなる皮質性色盲cerebral achromatopsiaを起こす。

 このように下側頭葉は,物体認知に必要な視覚機能のさまざまの側面についての情報を視覚前野から受けて統合的に処理し,前頭連合野に出力する。下側頭葉の視覚特徴選択性は単に遺伝的に決定されているものではなく,たとえば顔など日常的に頻繁に見る機会があり,かつその識別が重要な意味をもつ対象について,選択的反応性が強化されていくものと見られる。

【ニューロンの情報表現】 サルの側頭連合野において顔図形に選択的に応答する顔細胞の発見(Bruce,C. et al.,1981)は,個々の認知と一対一で対応するニューロンが存在するという仮説を生んだ。たとえば,自分の祖母を認識するためのニューロンがあり,その活動により「おばあさん」が認識されるというもので,おばあさん細胞仮説grandmother cell hypothesisとよばれる。これは大脳皮質の高次機能における情報表現が,その階層性の段階が進むにつれてより複雑になり,さまざまの要素的情報を統合して最終的に特定の認知に対応するニューロンが成立するという考え方である。これに対して,個々のニューロンレベルでは刺激選択性が明瞭でないニューロンの集団の活動を考え,集団全体の活動パターンによって表現される情報により認知が成立するというポピュレーションコーディング仮説population-coding hypothesisがある。

 おばあさん細胞仮説が正しければ,ある日「おばあさん細胞」が死んでしまうと,突然その日から「おばあさん」を認知できなくなるが,そのようなことは起こらない。しかし,感覚情報処理段階が進むにつれ個々のニューロンが表現する刺激特徴が複雑化し,具体的な認知を示唆するような活動に近づくことも確かである。このため,比較的少数の特徴選択性ニューロンの活動の組み合わせにより情報表現をすれば,記憶容量においてもメリットがあるとするスパースコーディング仮説sparse-coding hypothesisが提唱されている。 →視覚領野 →神経系 →前頭連合野 →頭頂連合野
〔佐藤 宏道〕

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